「この世界にも、ジャージがあるんだね」
「動きやすくていいな」

 いよいよ野外活動の日、ユリウス先生から着替えを渡された。
 それがあまりにも中学校のジャージと同じで、古都子も晴臣も驚く。
 
「これは、異世界人の発案だそうだ。それまでは制服もなかったし、野外活動というのもなかった」

 ミカエルが話に割り込んでくる。
 その後ろからやってきたソフィアが、班のメンバーに山の地図を広げて見せてくれた。

「私たちのコースが決まりました。出発は四番目で、最後になります」

 くじ引きで決まったコースは、蛇行の多いルートだった。
 それを見た、ソフィアの護衛エッラが眉をひそめる。

「ソフィアさま、これはけっこう歩きますよ。きつかったら、いつでも背負いますからね」
「これは学校行事だから、そういうのは駄目なんじゃない?」

 笑うソフィアに、エッラは力こぶをつくって見せている。
 
「筋肉量ならオラヴィには負けませんよ! そうだ、ハルオミ、ちょっと腕の筋肉を触らせてよ」
「嫌だ」

 近寄ってくるエッラを、晴臣は華麗に避ける。
 エッラは晴臣の剣の腕前に興味津々で、ときおり手合わせを申し込んでは断られていた。
 古都子はエッラと晴臣の距離感の近さに、心臓がしくりと痛むときがある。
 だが、晴臣の幼馴染でしかない古都子に、文句を言う権利はない。
 
「エッラは脳筋だな。魔法がつかえるなら、剣なんてなくても戦えるでしょ」

 そう言うオラヴィは、腰に剣を差しているが、実際に戦うときは風をつかう。
 王子の護衛だけあって、風魔法のレベルも相当に上げているらしく、風は下手な剣よりも切れ味がよいのだそうだ。
 逆に火使いのエッラは、火魔法のレベルを上げ過ぎて制御が困難らしい。
 山火事になるから、野外活動中は魔法禁止と、ユリウス先生に念を押されていた。
 
「俺の雷魔法も、ソフィアの草魔法も、まだ大したことないからなあ」

 ミカエルは唇をとがらせ、つまらなさそうに呟く。
 魔法学園では、二年生から本格的な魔法のつかい方を学ぶ。
 だから一年生の間は、地味な初歩の魔法を連発して、経験値を稼ぐしかないのだ。
 この野外活動を行う山には、小さい魔物が点在する。
 その魔物に魔法を当てるのも、レベルを上げる訓練の一つだ。
 魔法がひとつでも的中すれば逃げていく程度の魔物だが、古都子は緊張していた。

「小さいと言えども魔物ですから、気を引き締めていきましょう」

 古都子はぐっと拳をにぎる。
『魔物について』はすっかり古都子の愛読書だ。
 だが古都子は、これまで本物の魔物を見たことがない。
 逆に魔物について詳しいからこそ、怖いのだ。
 そんな気持ちが晴臣にバレたのか、そっと震える拳に手を添えられた。
 
「大丈夫だ、絶対に護るから」
「あ、ありがとう、晴くん」
「ハルオミ~、コトコは強いんだぞ? むしろ護られるのはハルオミ゛ッ!」

 茶化している最中に、ミカエルはソフィアから脳天に手刀を打ち込まれていた。

「ふたりの邪魔をしては駄目よ。さあ、私たちも列に並びましょう」

 他のクラスメイトたちが班ごとに分かれ、登山口へ集まっている。
 先頭の班はもう、スタートをしたようだ。
 古都子たちが最後尾についていると、ひとつ前の班からただならぬ視線を感じた。
 顔を上げた古都子を、三白眼で睨みつけていたのはリリナだった。
 リリナは古都子にだけ聞こえるように、ぼそりと呟く。

「これ以上、ミカエルさまと仲良くしたら、許さないからね」

 ミカエルと特段に仲良くなろうと思ってはいない古都子は、思わずブンブンと縦に首を振った。
 リリナは鼻をふんと鳴らすと、ユリウスの指示にしたがって山へ入っていった。
 ほっと肩を落とす古都子へ、ソフィアが声をかける。

「コトコ、大丈夫? 今、リリナさんが――」
「ただの牽制ですから。むしろ的がずれてくれて、助かったというか」
「的?」

 きょとんとしているソフィアに、古都子は苦笑いを返す。
 リリナから釘を刺されたのは、ミカエルについてだけだった。
 ということは、晴臣はリリナの射程外になったのだろう。
 
(中学校時代は、泉さんから陰湿な嫌がらせをされたもんね。あれは面倒くさかったな)

 相談相手に選んだ結月も、役に立たなかった。
 だから古都子は晴臣から離れる選択をしたのだが。

(思っていた以上に、きつかった。やっぱり私、晴くんを好きなんだ。ずっと昔から)

 古都子にとって、ヒーローだった晴臣。
 幼稚園のころから古都子が抱く恋心は、変わらない。

(一時は私のせいで疎遠になったけど、今はまた仲良くなれた。そして……もっと仲良くなりたい)
 
 古都子は自分の考えに頬を赤らめる。

「お~い、コトコ、行くぞ~」

 古都子たちの班の番になったようだ。
 満面の笑顔のミカエルが、先頭で手を振っている。
 今は野外活動を頑張ろう。
 そう思って古都子は、小走りで登山口へ向かった。

「さて、これですべての生徒が山へ入りました」

 名簿をチェックしていたユリウスが、補佐をする職員へ次の指示を出す。

「生徒たちには班ごとに、救難信号を出すアイテムを配布しています。狼煙が見えたら、すぐに私へ連絡をしてください」

 頷く職員たちの中には、結月がいる。
 こうした誰にでもできる仕事を、いつもなら嫌々しているのだが、今日の結月はいつもよりやる気を漲らせていた。
 それに気づかず、ユリウスは場をまとめる。

「私は最終地点で生徒たちを待ちます。では、それぞれ配置についてください」

 ◇◆◇

「魔物~、魔物はいないか~?」
「ミカエル、そんなに声を出していたら、魔物は逃げていくわ」
「あ~あ、早く魔物と会いたいなあ」

 ソフィアに注意をされて、ミカエルは分かり易く拗ねる。
 山に入ってかなりの距離を歩いたが、まだ一体も魔物を見かけない。
 
「オラヴィとエッラが強いから、魔物が逃げてるんじゃないの? ふたりとも、ちょっと離れてついてきてよ」

 ミカエルの矛先が、護衛のふたりへ向く。
 だがそんなことには慣れっこなのか、ふたりは余裕の笑顔を崩さない。

「今回のコースを決めたのは、ユリウス先生です。どのルートでも必ず、魔物と遭遇できるように考えられていますよ」

 オラヴィが、ユリウスをだしに使ってミカエルを宥める。
 ミカエルは叔父であるユリウスを尊敬している。
 それはユリウスが氷使いとして、国内随一の実力者だからだ。
 ユリウスの名前を出されて、仕方なしにミカエルも諦めて、とぼとぼ歩き出した。
 が、しばらくすると――。
 
「あれ? オラヴィ、あそこ見てよ! あそこに何かある!」

 しょんぼりしていたミカエルが、何かを見つけて嬉しそうな声を上げた。
 崖下を覗き込んでいるミカエルの視線の先を、古都子も追う。
 苔むした木々の間に、確かに何らかの人工物がある。
 しかしそれは緑にまみれ、パッと見ただけでは、誰も存在に気づかなかっただろう。

「よく見つけましたね、ミカエル殿下」

 オラヴィが感心している。
 ソフィアやエッラも、そうっと崖下を見ると、ミカエルと同じものを目にした。

「何かの扉? 随分と古いものみたいね」
「行ってみよう! 絶対に面白いよ!」

 崖下へ続く緩やかな道を見つけ、すでにミカエルは走り出している。
 オラヴィが慌ててその後を追っていった。

「もう、ミカエルったら。そっちに行ったらコースから外れるのに」

 ソフィアがぷりぷりしながら、それでも道を下りていく。
 古都子と晴臣も、付いていくことにした。
 なんだか冒険が始まるみたいで、ワクワクしてしまったのは否定できなかった。

「う~ん、開かないなあ」

 辿り着いた先の人工物は、長方形をした両開きの扉だった。
 ミカエルがすでに取っ手を引っ張っているが、ビクともしない。
 周りを岩で固められた中に、青銅色の古びた扉は静かに佇む。
 それは恐れ多く、神秘的な光景だった。
 古都子の腕に、寒くもないのに鳥肌が立つ。
 この扉は開けてはいけないのではないか、ホラーに過敏な古都子が、そう提案しようとしたが――。

「エッラ、力自慢だろ? 試しに開けてみてくれないか?」

 もうミカエルが、取っ手の場所をエッラへ譲っていた。
 指名を受けたエッラが、腕まくりをして扉に挑む。

「いきますよ! せ~の~」

 腰を落としたエッラが、両手を取っ手にかけ、引っ張ろうとしたら――。
 
 がらがらがら!

 足場の岩が崩れた。

「あ!」

 六人全員の体が宙に浮く。
 晴臣が古都子へ手を伸ばし、その体を腕の中に包み込む。
 コマ送りのようにゆっくりと見える視界では、エッラがソフィアを、オラヴィがミカエルを、同じように腕の中で護っていた。
 そして、地表に空いた穴から差し込む陽光によって、薄暗い地底が近づいてくるのが分かる。
 古都子は、土に柔らかくなるように願ったが、魔法が届くよりも落下速度のほうが早い。

(ぶつかる!)