第六話

〇久美子の部屋。

机に向かって宿題中。
ふと、考える。

久美子(うーん…またひとつ、土屋君の秘密を知ってしまった…)
   (それを知った上で…私にできることって何だろう…)

考え込んでいると、近くにあったスマホが鳴る。

久美子「土屋君からだ」
  (初めて、きた…!)
久美子、スマホをタップする。

以下、ラインの会話。
土屋「今、何してるの」
久美子「えっと、宿題してた」
土屋「僕、今バイトが終わったところで」
久美子「そうなんだ。お疲れ様」

その後、返事がないので?となる久美子。

土屋「あの…電話、してもいい?」
久美子「う、うん」

以下、電話での会話。
土屋「井上さん?」
久美子「うん」
土屋「…声、聞きたかったんだ。寝る前に。…嬉しいな」

久美子、かあっと頬が赤くなる。

久美子「声なんて、学校でも聞けるよ」
土屋「違うよ。一日が終わったなあって時に井上さんの声が聞きたいんだ」
  「ほら、一日がんばったご褒美みたいに」
  
久美子(私の声にそんな価値、あるかなあ?)

久美子「えーと、疲れてるんだね?」
土屋「うん、少し」
久美子「そういう時は、牛乳飲むとよく眠れるよって、おばあちゃんが言ってた」
土屋「おばあちゃん?」
久美子「うん。小さいころ、よく面倒みてもらってて、眠れないときはホットミルク
   作ってくれて」
土屋「へえー、なんか、いいね。そういうの。井上さんが優しいのは、おばあちゃんゆず 
   りかもね」
久美子「そんな…」
久美子(おばあちゃんの話とか、あんまり友達としたことなかったな。これって土屋君の  
    持ってる癒しパワーのせい?)
   (はっ!私が癒してもらってどうする!)

久美子「土屋君、時計がほっとけい」
土屋「…は?」
久美子「えーと。隊長が体調壊した」
土屋「えっと、井上さん?」
久美子「あー、ごめん。笑えないね。お父さんのオヤジギャグ言ってみたんだけど」
土屋「はあ…」
久美子「だって土屋君、疲れてるのに、私のこと癒しちゃって。そうじゃなくて、私の
    ダジャレで笑ってくれればいいなって…」
土屋「…!」
   土屋、ぷはっと笑う。
土屋「くくく…じわじわ効いてきた。時計にほっとけい」
久美子「でしょー?ホットケーキみたいでかわいいよね。あとね…」

久美子N「夜が更けていきます」

〇翌日。
 図書室。今日もガラガラ。カウンター席に座る久美子。

久美子(はあ…結構夜更かしして、しゃべっちゃったなあ)
   (あんな風に男子としゃべったの、初めてかも)
   (土屋君は…どうなんだろ?中学時代…モテてた時は、女の子とよく喋ってたのか
    なあ…)
   (なんてことないことだけど…やっぱり気になる…)

土屋「…ごめん。日直してたから、遅くなった」
久美子「ううん。またしても誰もいないから、大丈夫」

土屋、久美子の隣に座る。
土屋、机の上に何も出さない。

久美子「…あれ?土屋君、本、読まないの?」
土屋「…こうやって、井上さんの顔見る方がいいや」
久美子「な…!」

久美子、かあっと赤くなる。

久美子(この攻め方…!ぜったい、慣れてる!)

久美子(もういいや、聞いちゃえ)

久美子「つ、土屋君は、中学時代も、昨日みたいに女子と長電話したの?」

土屋「えっ。なんで中学時代のことなんか…あ、まさか」
久美子「薫さんから、少し、聞いたの。偶然会って、お茶して」
土屋「あ~!もうっ、兄さんったら…!」
久美子「愛のある援護射撃だったよ」

土屋「大体察しはつくけど…えっと、あー、電話とかラインとか、僕の方からしたのは、
   井上さんが、初めて」
久美子「えっ」
土屋「告白だって…井上さんが、初めて、だよ」

久美子(そうなんだ…へ…へえー。ふーん…)

 だんだん、にやけてくる久美子。

久美子(じゃあ、この間みたいに、デートしたのも、私が初めて?)

久美子「ね、土屋君」

そう聞こうとして、横を見ると、土屋が、机に突っ伏して眠っている。

久美子「昨日、夜更かししちゃったもんね…」

土屋、気持ちよさそうに眠っている。

久美子(土屋君、真面目だからな。バイト終わって、私と電話して、それから宿題やって
    …うわ。絶対三時頃まで起きてたな…)
    (ゆっくり、寝かしてあげよう)

 二人の上に、静かな時間が流れる。

久美子(いけない。私もうたた寝しちゃった)
   (あ、もう下校時間だ)

久美子が横を見ると、まだ土屋が眠っている。

久美子、土屋に近づいて、肩をゆする。
久美子「土屋君、起きて」

土屋「ん…」
 ふっと目を覚ますと、至近距離に久美子の顔。

 顔を傾け、土屋が久美子にキスをする。

久美子、不意打ちのキスに身動きできない。

久美子「…!」

土屋の手が久美子の頭を抱えるようにして、キスが深くなりそうになる。

久美子、思わず土屋をつき飛ばす。

土屋、つき飛ばされて、はっ、と正気に戻る。

土屋「え…あれ、えっと…夢じゃない?!」

久美子、赤くなりながら。目がぐるぐる。

久美子「ね、寝ぼけてたの…?」
土屋「いつも夢の中でキスしてたから…これも夢だと思って…」
久美子「い、いつも?!」

久美子、さらに真っ赤になる。

土屋「ご、ごめん。ほんとに…今度は、正気の時にするよ…」

久美子(正気って…!)

久美子、もういっぱい、いっぱいで言葉が出ない。

久美子N「ここで、重要なのは、私が」
    「土屋君にキスされても、嫌じゃなかった、という事なのです…」

〇駅前の書店。

書店員「ありがとうございました」

久美子、買った本を受け取る。袋が分厚い。三冊くらい入っている感じ。
胸に抱えるように持つ。

久美子(ああ…思わず、土屋君から逃げてきちゃった…)

回想シーン。

キスをした直後。

久美子「じゃ、じゃあね、土屋君!私、用があるから帰るね!」
土屋「あっ…!」

土屋が、何か言いたそうだけれど、ダッシュして学校の玄関に向かう久美子。

久美子(だって…キスした後なんて、どんな態度とったらいいか、わからないよー!)

久美子、ちらりと本の入った袋を見る。
久美子(思わず、恋愛Q&Aみたいな本、三冊も買ってしまった…!)
   (キスした後、どうしたらいいか、なんて恥ずかしくてめぐちゃんにも
    相談できないし!)
   (地道に、ひとりで勉強しよう…)

書店から出ようとする久美子、入ろうとした長身の男性とぶつかる。

男性「あっ、すみません!」
久美子「いえ…あ」

男性の持っていたアイスコーヒーがぶつかった拍子にこぼれて、久美子の抱えていた本が、びっしょり濡れている。

〇公園のベンチで

久美子「すみません、ごちうそうになってしまって」
生クリームの載ったアイスカフェラテを受け取る久美子。

男性「いや、いいんだ。自分の分、買うついでだし」(男性:ふわっとした髪型のイケメン。明らかに二十代。大人の余裕のある雰囲気。知的でもある。高そうなシャツとパンツ)
男性「でも、本当に悪かったね。本が濡れちゃって」
久美子「表紙、厚いから読むのには差しさわりないみたいです」

 ほら、と男性にその本を見せる。

男性「そう?よかった…」
  「恋愛の本だね。彼氏がほしいの?」
  
  男性、いたずらっぽく笑う。
  
久美子「ちがっ…!告白されて、それで」

久美子、慌てて本当のことを言ってしまって、後悔する。

久美子(な、何を初対面の人に言っちゃってるのー!)

男性「告白…あ、いっしょだ」
久美子「へ?」
男性「俺も、なんだよね。風邪で寝込んでいる間に、メールで告白されて。
   ずっと気が付かなくて」
久美子「えっ、じゃあ告白した人は」
男性「そうなんだ、すごい返事を待たせたことになっちゃって。
   それでお詫びの手紙を書こうと思って。手紙の書き方の本を買いに来たんだ」
久美子「ああ…確かに、メールより、手紙の方が、気持ちこもってる感じしますよね」
男性「そうでしょ。まあ、気持ちがこもってても…お断りの手紙、なんだけど」

久美子「はあ…」
男性「君だったらどう思う?メールで告白したら、やっぱメールで返事ほしい?」
  「それとも、手書きの手紙の方がいい?」
  
久美子、うーん、と考える。
久美子「やっぱり、メールより、手紙のほうが、嬉しい気がします」
   「好きな人が書いた手紙、とっておけるし」

男性「そう」
久美子「お断りの手紙だったら、思わずぐしゃぐしゃってしちゃうかもしれないけど、
    時間が経ったとき、気づくんじゃないかな。あ、時間かけて、書いてくれたんだ
    って」
   「その手紙、書く時間は、自分のことを思ってくれていたわけで…それは、嬉しい 
    ですよね」

男性「なかなか古風なこと、言うね」
久美子「そうですか?ふつうだと思うけど…」

男性「ありがとう。参考になったよ。やっぱり手紙の本、買うよ」
  「下の名前、何?」
久美子「…久美子、です」
男性「久美子ちゃんね。俺、邦男。覚えておいてね。また会うかもしれないでしょ」

久美子(うわ。かるい~)
邦男「あ、今、軽いって思ったでしょ。でも、結構、偶然に会ったりするもんなんだよ。
   縁があると、ね」
久美子「はあ…」

久美子(まあ、よくわかんないけど、憎めない人だな…)

邦男「じゃあね。久美子ちゃん。またね~」

邦男、公園の外に去っていく。