スイート×トキシック


 わたしの場合はまだ何となく想像できる気がする。

 彼にとって誰より大切な先生を困らせていたことが許せなくて、直接制裁したかったのかもしれない。

 いまになって、無自覚のうちに先生を追い詰めていたことに気がついた。

「そんなの決まってるじゃん。俺には兄貴さえいればいい。兄貴にも俺さえいればいい。だから……邪魔者を消してるだけ」

 十和くんは恍惚(こうこつ)として答える。

 彼にとって、先生を想う彼以外の人物は“邪魔者”でしかないんだ。

 ふたりの愛を守るため、そんな邪魔者を人知れず徹底的に排除しているわけだ。

 ふと、クローゼットの前に連なった服に目をやる。

(そういうこと……)

 先生を好きになった彼女たちは、十和くんによって消されてきた。
 きっと、彼は何度も何度もこんなことを繰り返しているのだろう。

(だから、か)

 最初の頃、わたしの思考が筒抜けで、手に取るように見透かされていたのは、そういう過去の“例”があったから。

 わたしは最初から最後まで、十和くんのてのひらの上だったんだ。

 狂愛(きょうあい)の果てに相手を殺してしまうとか、拒絶された怒りとショックで殺してしまうとか、彼の思惑はそんな程度じゃなかった。

「じゃあ……何であんな態度とってたの? 勘違いさせるような、あんな思わせぶりな」

 ずきずき、割れた心が痛んだ。

 わたしの好きになった彼は幻だったのだと分かっても、()えない深い傷を負わされる。

「邪魔者を殺すのが目的なら必要なかったでしょ。わざわざそんなふうに裏切る意味なんて……!」

「兄貴を好きな気持ちを持ったまま死なれたくないんだよ。だから上書きするの」

 そう言った十和くんの手が伸びてきて、優しく顎をすくわれる。
 甘くて穏やかな眼差しに思わず息をのむ。

「約束通り、いい夢見せてあげたでしょ」

「……っ」

 ばっ、とその手を払った。

 それさえ予想通りだったのか、特に驚くことなく軽薄(けいはく)な笑みをたたえている。

「……最低」

 あれほど鮮やかに見えていた世界は色()せ、幸せだったはずの記憶は粉々に砕け散っていく。

 じわ、と涙が滲んだ。
 泣きたくなんてないのに、悔しくてたまらない。

「何とでも言えば? 兄貴を好きになって、しかも俺に騙されたきみが悪いんだよ」

 ちぎれるほど心が痛い。本当に悔しい。
 苦しくてたまらない。

 なんて自分本位で身勝手なんだろう。
 彼の愛はやっぱり異常で、狂っている。

(それなのに……)

 夢から覚めたはずなのに、魔法が一向に解けない。
 わたしはまだ、どこかで期待している。

 彼のすべてが嘘だったとは思えなくて。