「ていうかさ」
ふと、彼は冷たく笑う。
「きみの言う“好きな人”って誰のこと? もしかして自分? ここまで来たら分かんないかなぁ」
「まさか……」
「そうだよ。俺が愛してるのは、あとにも先にも兄貴だけ」
「あ、兄……?」
「うん。先生はね、俺の実の兄貴なんだよ」
唖然としてしまいながら、驚愕と衝撃に打ちひしがれる。
頭の中がぐちゃぐちゃだ。
「どういうこと? そんなこと、って……」
ありうるのだろうか。
苗字もちがうし、担任として弟のクラスを受け持つなんて。
「親が離婚してる話はしたよね。“宇佐美”は母親の旧姓なの。兄貴って昔から過保護でさ、留守がちな親に代わって俺の面倒見てくれてんだよね」
どこか嬉しそうに彼は滔々と語る。
「小さいときから俺が頼れるのは兄貴だけだった。たぶん兄貴もそのこと分かってて、ずっとそばにいてくれたんだ」
つ、とその指先が写真の中の先生の輪郭をなぞった。
「兄弟だってバレると学校では一緒にいられなくなるかもしれない。担任じゃなくなるかも。だからみんなには隠そう、ってことになってさ」
彼はこちらを向いて、いたずらっぽく笑う。
「どう? 気づかなかったでしょ」
頭が真っ白になって、落ち着かない呼吸が震えた。
────十和くんが本当に愛していたのは、先生だったんだ。
兄弟愛なのか、関係性を超えた禁断の愛なのかは分からないけれど、いずれにしてもわたしへの気持ちなんて最初からなかった。
「……ぜんぶ、嘘だったの?」
身に余るほどの想い、満ち足りた幸せ、優しい笑顔、甘い体温。
“好き”という言葉。
ふたりで紡いできた日々。
そのすべてがまやかしだったなんて、とても信じられない。
「うん、嘘だよ。忘れちゃった? 初恋の話」
『……俺が好きになったのは、その人だけ』
あのとき、確かにそう言っていた。
わたしのほかには、じゃなくて、言葉通りの意味だったわけだ。
(それが先生なんだ……)
先生の話を持ち出すと、不機嫌になっていたことを思い出す。
それは先生ではなく、わたしに妬いていたからだったんだ。
愛ゆえの独占欲と嫉妬心が強いことは確かで。
「さてと、それじゃそろそろお別れしよっか」
言いながら、十和くんが包丁を取り出した。
ぎらりと刃が鈍色に光る。
逆手に握られた包丁の切っ先を向けられたけれど、恐れたりおののいたりするより先に口をついてこぼれる。
「ねぇ……」
「ん?」
「十和くんが先生を……お兄さんを愛してることは分かったよ。でも、どうして人を誘拐して殺すの?」



