スイート×トキシック


 学校では、彼の周囲には常に人がいたから、そんな言葉とは無縁だと思っていた。

 けれど、実際には見えないところで孤独を抱えていたのかもしれない。
 家族の話を聞いたとき、垣間(かいま)見えた。

『そんな泣きそうな顔しないでよ」』

『……ごめん』

『いまさらもう辛いことでも何でもないって。本当だよ? 芽依ちゃんがいるんだし』

 平気そうに笑っていたけれど、わたしを見つめる眼差しには(すが)るような必死さが滲み出ていた。

『きみはさ……いなくならないでね。ずっと俺のそばにいて』

 彼の心の隙間を埋められるのは、わたししかいないかもしれない。
 そうと分かっていながら、置いていっていいのかな。

(わたしは十和くんが好き)

 一緒にいたい。
 ここへ留まることを選べば、その望みは叶う。

 ────だけど。

『……これがデート?』

『なに、不満なの?』

『そりゃね! デートって言うならやっぱりかわいい格好したいし、楽しいところに行ったり美味しいもの食べたりしたいよ。堂々と手繋ぎたいし、顔上げて歩きたい』

 そういう普通の幸せは、一生手にできない。

 この先わたしに待っていたであろう未来も、当たり前にあったはずの日常も。

 十和くんとの生活を選ぶには、ぜんぶ諦めて引き換えにしなくちゃならない。

 先生のこと、ワンピースの彼女のこと、服に残された血やあらゆる疑惑も忘れ去って、理性を押し殺して。

 十和くんの抱える“秘密”のすべてを知れなくても、あるいは知っても、許さなくちゃ。
 たとえそれがどんなに残酷なものだとしても。

 彼のすべてを受け入れて、寄り添っていくしかない。
 十和くんを選ぶということは、そういうこと。

(……わたしにできるのかな)

 ────そんなことを悶々(もんもん)と考えながら朝食を済ませると、食器を洗って片づけた。

 なるべく頭の中を空っぽにしながら、家の中を歩き回ってみる。

「わたしの荷物、どこにあるんだろう」

 ふと思い立って呟いた。
 部屋のドアだけじゃなく、クローゼットや収納スペースまで開けて探索してみる。

「あった……」

 最初に脱走を(はか)った夜、駆け込んだ部屋のクローゼットの中に。

 そこにあったはずの服は、いまは監禁部屋に運び込まれている。
 わたしの鞄だけがぽつんと取り残されていた。

 じー、とファスナーを開ける。
 中身をどけてスマホを手に取った。

 硬く冷たい質感。やけに重たく感じる。
 真っ黒な画面に自分が反射していた。

 さすがにバッテリーは切れているだろうけれど、いまなら難なく充電できる。
 そうすれば、通報するなり助けを呼ぶなりできる。

(でも……十和くんと離れたくない)

 それは確かにわたしの本心だけれど、そのためにすべてを犠牲にできるかな。していいのかな。