「ん、積極的だね」
「そんなんじゃない……」
その感触も温度も相変わらず恐ろしいはずなのに、彼に縋ってしまう矛盾。
足の裏に冷えたフローリングの質感が伝わってくる。
触れ合った手が温もりを増していく。
街ですれ違った誰かの柔軟剤みたいな、妙に気の抜けない香りが鼻先をくすぐっていた。
わたし、知らない家にいる。
そんな事実を改めて実感させられて不安になる。
「はい、着いたよ」
手を離した朝倉くんに、そのまま背中を押された。
かちゃん、と背後でドアの閉まる音がする。
「目隠し取って、鍵閉めていいよ。終わったら声かけてね。今度はまた目隠しして、鍵開けてから」
淡々と抜かりなく指示されて、恐る恐るゴム紐に指を引っかけた。
目隠しを外すと、確かにお手洗いの中にいた。
素早く振り返って鍵をかけておく。
壁面を見やったものの、窓はなかった。
額や花なんかの装飾もなくて、埃や汚れも見当たらない。
率直に言うと、生活感がなかった。
わたしが閉じ込められていた部屋が殺風景だったのは、監禁目的の空間だからだと思っていた。
けれど、もしかしたらこの家全体がそうなのかもしれない。
(手錠は外してくれなかったけど……)
足の拘束からは抜け出せた。
それを利用して、いまのうちに逃げ出せないだろうか。
「────ねぇ、芽依ちゃん。ばかなこと考えちゃだめだよ? 俺を怒らせないでね」
「わ、分かってるよ」
ぎくりとしたのをひた隠しに、ドア越しに返した声は強張ってしまった。
わたしの思考は透けているように何でもお見通しみたいだ。
ぞっとする。
朝倉くんはドアの前で、いまも油断なく包丁を構えているのかもしれない。
◇
一睡もできないまま朝を迎えると、ドアがノックされた。
硬い床に寝転んでいたせいで身体中が痛んだけれど、はっと危機感が舞い戻ってきて慌てて起き上がる。
壁際まであとずさると、開いたドアから朝倉くんが顔を覗かせた。
「おはよー」
制服をまとって、爽やかな笑顔をたたえている。
ふと、彼がビニール袋に目を留めた。
そこにはまだ手つかずのサンドイッチと水が入っている。
「あれ、食べてないの? 遠慮しなくていいって言ったのに」
「……お腹すいてない」
「本当に? でも、いつまで我慢できるかなぁ」
悠々と歩み寄ってきて、わたしの前に屈み込む。
「俺を信用しないと辛いだけだよ。ここではね」
「……っ」



