スイート×トキシック


 ふと、そんなわたしの手を取ってやわく握った彼は顔を傾ける。

「……いまも怖い?」

 怖い、のかな。
 けれど、それは最初に抱いていたような、十和くん自身に対する恐怖心とはちがう。

 恐怖心というより不安だった。
 それがずっとつきまとって離れない。

 これから先のことに対する不安。
 終わりが来ることへの不安。

 こんなに近くにいるのに、大事なことは何ひとつとして知れていないような不安。

 ずきずき、ひりひり、じくじく、身体中に刻まれた、癒えたはずの傷が疼き始める。

(どうして)

 閉じ込めて消し去った警戒心と怯える気持ちを、痛みが連れ戻してくる。
 忘れるべきじゃない、とわたしに警告しているみたい。

 見て見ぬふりをしようとすればするほど、胸騒ぎが膨らんでいく。

 残ったままの謎と拭いきれない不信感を無視できずに、理性と感情がずっと葛藤していた。

 十和くんを信じたい。その想いで蓋をしてしまいたいのに。
 彼自身とこの生活に、心の底から酔いしれることができたら楽なのに。

「……ねぇ、なに迷ってんの? 答えなんて決まってるでしょ」

 ふいに不機嫌そうな眼差しを寄越される。
 責めるような声はいつもより低くて、ぞくりと恐怖心が背中を滑り落ちていった。

 恐怖心、消えてなくなったわけじゃなかったんだ。
 そのことにも驚いてしまう。

 じゃあ、やっぱりわたしの理性は正しかったのかな。

「楽しい? そうやって俺のこと不安にさせてさ。俺の気持ち、何回言えば分かるの」

「と、十和くん……」

「ひどいね。そんなに信用してないんだ」

「ちが……!」

 どうしてそうなるんだろう。
 わたしたち、分かり合えたんじゃなかったの?

「ちがう? だったら言うことあるよね」

 彼の求めている言葉が、態度が、分からないわけじゃなかった。
 だけど、わたしはそうしなかった。

 ぎゅう、と繋いだ手にいっそう力を込めると、彼ははっとしたようだった。

「……十和くんこそ、わたしを信じてよ」

 責めるようにその目を見たつもりが、泣きそうになってしまう。

 思いきり非難してやろうと思ったのに、強く言えなかった。
 それでも彼は気圧(けお)されたようにうろたえる。

「俺はずっと信じて……」

「だったら分かって」

 怖くないかと聞かれれば、正直自分でも分からない。
 彼を信じているつもりだけれど、本当に信じることができているかも自信がない。

 だけど、十和くんといたい、と思った気持ちは嘘でも勘違いでもない。

「……っ、ごめん」

 呼吸を震わせ、戸惑うような眼差しをしていた。
 わたしを捕まえて、おずおずと抱き締める。