傍から見れば奇妙で異常なものかもしれないこの生活が、いまのわたしにとってはすべてだ。
(もし、バレたら。捕まったりなんかしたら……)
その“すべて”を否定されることになる。
彼がいなくなってしまったら、わたしはきっと生きていけない。
ばたん、と玄関のドアが閉まる。
家の中、十和くんのにおい……何だかすごくほっとした。
手錠は外さないまま、手を繋いだまま、リビングのソファーにふたり並んで腰を下ろした。
十和くんはがさがさと袋を漁って、買ってきたものをテーブルの上に並べていく。
「これ、押さえててね」
引き寄せたクリームケーキの容器の底を左手で押さえると、蓋を開けてくれた。
ふわっと苺の甘い香りが漂う。
包装を破ってフォークを取り出した彼は、ケーキをひとくち分切り分けた。
「はい、あー……」
促されて口を開けると、なめらかなクリームと軽いスポンジが舌に載る。
まろやかで甘酸っぱい苺の風味が広がった。
「……美味しい」
「でしょー。何でか分かる?」
「えっ? 何で、って」
「俺が食べさせてあげてるからだよ」
くす、とつい笑ってしまう。
「どうりで甘いと思った」
「本当? じゃあ俺にも食べさせてよ」
嬉しそうに言う彼からフォークを受け取ると、わたしもひとくち分のケーキを切り分ける。
利き手ではない左手でフォークを動かすことに慣れていないせいか、あるいはどこか緊張しているせいか、少しぎこちなくなってしまった。
ぱく、とそれを口にした彼がほどけるように笑う。
「ん、確かに甘い」
その一連の動作を、クリームを拭う指先を、睫毛の落とす影を、思わず目で追った。
「なに? そんな見られると照れるんだけど」
言葉通りどこか居心地悪そうに目を細めた十和くんに、心臓が甘く痺れて焦がれていく。
えへ、と誤魔化しきれずに笑うと、彼は一瞬たじろいでから空いた方の手で顔を覆った。
「……完全に不意打ち。油断してた」
「えっ?」
「かわいすぎてずるいよ」
彼はわたしの手からフォークを取って、再び切り分けたケーキを口まで運んでくれる。
ふいにその顔が近づいてきたかと思うと、唇の端についたクリームをぺろりと舐め取られた。
「……ごちそうさま」
募る想いに心を許すと、いっそう鼓動が速まっていく。
照れくさくて、火傷しそうなほど顔が熱い。
「ま、前にもあったよね。こんなふうに食べさせてくれたこと」
ぱっと前を向いて話題を逸らすと、十和くんは思い返すように「あー」と苦く笑って頷く。
「あのときね、本当はすごく嫌だった」
「はは、正直だね」
「だって怖かったんだもん。言うこと聞かなかったら痛い思いするだけだし」
そう言いつつ首を撫でた。
そこにはもう赤い痕なんて残っていない。



