スイート×トキシック


 ドアを(くぐ)ると、店員さんの気の抜けたような声に出迎えられる。

 心臓が早鐘(はやがね)を打っていた。
 破裂してしまうのではないかと思うくらい緊張している。

 どうやらその目には、幸いにも“普通の客”として映ったみたいだ。

 店内にはほかにも数人の客の姿がある。
 当たり前かもしれないけれど、わたしたちを特別(いぶか)しむ様子は誰にもない。

(大丈夫、だよね)

 スイーツの並ぶ陳列棚(ちんれつだな)の前で、十和くんはやっと足を止めた。

 普段通りの落ち着いた様子を見て、わたしにも少しずつ平常心が戻ってくる。

「行こ、って……コンビニのこと?」

「そうだよー」

 あっさり頷かれたものの、首を傾げてしまう。

(あの流れでどうしてコンビニ?)

 尋ねる前に彼が答えた。

「いまの俺にはさ、芽依の理想のデートのうち1個くらいしか叶えてあげられないけど」

 手に取ったスイーツをひとつ差し出される。
 いちご味のクリームケーキ。

「甘くて美味しいもの食べようよ、一緒に」

 穏やかな笑顔にほっとして、冷えきった心があたたかくなる。

(一緒に────)

 いられるだけで十分なのに。
 そうやって甘やかすから、つい欲張りになってしまう。

「うん……!」

 けれど、少しくらいなら甘えてもいいのかな。
 いまはその一途(いちず)な恋心と優しい愛情に溺れていたい。

 ────スイーツやフルーツティーを手にレジへ向かった。
 緊張から、おさまったはずの心臓の音が速くなる。

「…………」

 何となく、じっと店員さんを見つめてしまう。
 眼鏡をかけた白髪混じりの彼は、わたしたちの方はほとんど見ないで淡々と商品をスキャンしていく。

(よかった、怪しまれてない)

 普通の客、その中でも何に見えているだろう。
 恋人同士? もしくは兄妹とか?

(誘拐犯とその被害者だなんて、夢にも思わないんだろうなぁ)

 ずっと、諦めきれなかった。

 あの家から逃げ出したいと思っていた。
 生きて外へ出て、もう一度先生に会いたいと願っていた。

(……たぶん、いまなら)

 わたしが騒いだり店員さんに助けを求めたりすれば、まず間違いなく通報してもらえる。

 そうすれば解放される。元の日常に戻れる。
 以前までなら、迷いなくそうしていたと思う。

「…………」

 だけど、わたしは何も言わなかった。
 ぎゅ、とただひたすら彼の手にしがみついたまま。

「ありがとうございましたー」

 店の外へ出ると、ふっと十和くんは笑う。

「そんなに怖かった? かわいいなぁ、もう」

 ふてぶてしいほどまったく平然としている。
 このスリルさえ楽しんでいるかのように。

 言いたいことはたくさんあったけれど、怯みきっていたわたしは何も言えなかった。