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 ここのところ、十和くんは上機嫌だった。
 滅多(めった)なことでは怒らないし暴力も振るわない。

 大人しく可愛らしいワンピースをまとって、彼に従っているから気分がいいのかな。

 わたしの足をまとめ上げていた結束バンドまで断ち切ってくれたけれど、結局それだけでは出来ることなんてなかった。



 朝、支度を終えて制服姿の十和くんが姿を現す。

 床に倒れ込むわたしと放られたリボンのバレッタを見て、困ったように苦笑した。

「芽依、今日もふて寝してるの? あとせっかく似合ってるんだからこれ外さないでよ」

 バレッタを拾い上げ「ほら起きて」と手を差し伸べてくる。
 ふい、と顔を背けた。

「……そんなのいいから、わたしの制服返してよ」

 きっと、制服もこのワンピースと同じにおいに染まってしまったのだろうけれど。

 それでも気持ち的にはいくらかマシになる。
 嫌悪感も多少は和らぐはずだ。

「えー、着替えちゃうの? 今の方が俺は好きだよ」

 だったら、尚さら着替えたい。

「もちろん制服姿もだけどね」

「…………」

 二の句を()げず、ため息すら出ない。

 ここまで冷たくあしらっていたら、そのうち恋心も冷めるかと期待していた部分もあったのに。

 どうしてこうもめげないんだろう。
 その折れない心だけは尊敬に値するかもしれない。

「じゃあさ、制服は返してあげるから機嫌直してよ」

「……機嫌の問題じゃないでしょ」

「そうなの? 何か怒ってるってこと?」

「……分かんないの?」

「全然。だって俺、悪いことなんて何もしてないし」

 あっけらかんとして当然のように言う。

 その瞬間、わたしの中の(たが)が外れた。
 理性が感情に押し負ける。

「正気……?」

 床に手をつき、身体を起こした。
 ぐい、と襟元を下げて見せる。

 そこにはくっきりと、わたしを苦しめた痕跡が残っている。

「見える!? わたし、十和くんに何度も殺されそうになったんだよ!」

 彼の視線を追う。
 わたしの目から首へ移った。

「それだけじゃない。身体中、傷だらけ」

 ばっ、と裾を(もも)のあたりまで(めく)った。

 痛々しい(あざ)や切り傷が(あらわ)になる。
 袖の下だって、顔だって、お腹や背中だってそうだ。

「誰のせいでこうなったか分かってるよね!?」

 十和くんの眼差しがやがてわたしの双眸(そうぼう)に戻ってきた。
 その表情は冷ややかに消えている。

「芽依のせいでしょ」