スイート×トキシック


「意味分かんないよね。……俺も本当ムカついてる」

 十和くんの表情に苛立ちが宿った。
 低めた声は冷たいのに、確かな怒りが(たぎ)っている。

「芽依を攫って閉じ込めたのは、ほかの誰にも渡さないため……。守るためなのに」

 心の内で煙のようにたなびいていた違和感というものが、その言葉で形になった気がした。

(“守るため”?)

 目撃された不審車両が本当に先生の車だったら────そんな考えが浮かぶ。
 ざわざわと言い知れない胸騒ぎがした。

(怪しいのは……先生だったってこと?)

 わけが分からなくなってきた。
 全然、考えがまとまらない。

(でも、たとえば“先生から守るため”って意味なら)

 先生の何らかの狙いがわたしに向いていることに気がついたから、攫って閉じ込めたのかもしれない。

 わたしを隠して、手出しできないように。
 そうすれば先生の手は届かなくなるから。

 誘拐や監禁なんてやり方は強引だし、正当性も何もないけれど。

 もしかしたらそれは建前(たてまえ)で、本当は彼が最初から言っている通りなのかも。
 独占欲と歪んだ愛情から監禁に至った。

 いずれにしても、わたしは十和くんに救われた。
 それだけはきっと確かな事実。

「だ、大丈夫なの? もし先生に見つかったら……」

 彼が独自にわたしを捜索しているというのなら、外のどこも危険な気がする。

 こんなふうに出歩いていていいのだろうか。

「大丈夫、この時間ならまだ学校にいるでしょ。万が一見られたとしても、これじゃ気づかないって」

 ぽん、と彼はキャップごとわたしの頭を撫でた。
 その顔にはすっかり余裕の笑みが戻っている。

「そっか。……それならよかった」

 けれど、胸の内に広がったもやもやは色と濃度を増していく。

(何か……。何かがずっと引っかかってる)

 鮮烈(せんれつ)に焼きついて離れないのは、あのワンピースや服の存在と染みた血。

 先生が悪者だという結論では、その謎をまるまる無視していることになる。
 だから、腑に落ちないまま。

 だけど、その結論をひっくり返すには、十和くんを信じるという前提ごと崩さなきゃいけない。

「…………」

 彼の手を強く握り締める。
 (すが)るように。確かめるように。

 間を置かずして返ってきた温もりに包まれた。

「ん、怖い? 心配しないで。何も不安がることなんかないよ」

 いつも通り、優しい声と笑顔が返ってくる。
 暗がりでも眩しいくらいだった。

(……疑いたくない)

 だからもう、何も考えたくない。
 惑わされたくない。



「こっちに行くと公園があって、学校はあっちの方」

 夜道を歩きながら、十和くんはそんなふうに指をさして色々と教えてくれた。

「駅はそっち。だから芽依の家に帰るならこの道だね」

「へぇ……」

 何だかぴんと来ない。
 学校の近くのようだけれど、このあたりのことは詳しく知らないし、だからかイメージも湧かない。

「何でそんなこと教えてくれるの?」