「行こ」
玄関に鍵をかけた十和くんが笑いかける。
何となく、わたしはキャップを目深に被った。
はめた手錠を見下ろす。
金属の輪でわたしの右手首と彼の左手首を繋ぎ、上から袖を被せた。
顔を覗かせる鎖が、ちゃり、と小さく音を立てる。
暗いからよく見えないだろうけれど、誰かに気づかれないか何となく心配になった。
自分から言い出したのに。
「!」
くん、と手を引っ張られる。
何かと思えば十和くんに握られた。
「こうすれば見えないよ」
そう言って、繋いだ手がポケットに入れられる。
彼の服の中は体温であたたかかくて、何だかどきどきした。
ふたりで階段を下りる中、誰かほかの住人に会わないかひやひやしていたものの、幸いにもそんなことはなかった。
やっぱり、ここはかなり閑静な場所みたい。
「芽依、どうしたの? 何か静かだね」
「……ちょっと、緊張してる。怖いのかも」
諸々の事情がバレて困るのは十和くんなのに、どうしてわたしの方が不安になっているんだろう。
(でも……バレたら終わりなんだ)
この生活も十和くんとの日々も関係も、ぜんぶが崩れ去ってしまう。
「大丈夫だよ」
彼は優しく言うと、ポケットの中でひときわ強くわたしの手を握り締めてくれた。
「……いまだから、少し教えてあげよっか」
何を、だろう。
尋ねるように見上げれば、こちらを向かないまま続けられる。
「芽依のこと、ほとんど報道されてないんだよ。行方不明って程度の情報しか出てないの」
「え……?」
「事件性があるって思われてるからだとしたら、犯人を刺激しないためかな。そうじゃないなら、ただの家出って思われてるかも」
わたしたちのことなのに、十和くんはどこか他人事みたいな言い方だった。
「いなくなってからもうすぐ1か月……。普通に考えてもう見つかんないよ」
手がかりはきっと、校門前の防犯カメラ映像だけ。
気を失った後の足跡は何も残っていないはずだ。
十和くんが記録に残らないように動いただろうから。
ふと、以前目にした記事のことが頭をよぎる。
不審車両の目撃情報────自ずと先生のことがちらついたとき、十和くんがいっそう手に力を込めたのが分かった。
「でもさ……警察より熱心にきみを捜してる人がいるんだよね」
「だ、誰?」
両親だろうか。
真っ先にそう思ったけれど、彼の表情を見ればちがうことは明白だった。
「先生だよ」
どく、と心臓が大きく鳴る。
瞳が揺らいでしまうのを自覚した。
(どうして?)
先生は確かに生徒思いで優しい。
だけど、わたしを捜しているのは本当にそれだけが理由?



