スイート×トキシック


 足首をまとめ上げていた結束バンドが断ち切られる。

 外されたいまになって、その感触が染み込んできた。
 いつの間にか身体の一部となっていたみたいだ。

 その事実にいっそう恐ろしさを覚える。
 意思とは無関係に、この状況に順応し始めていたんだ。

 両手も差し出すけれど、彼はゆるりと首を横に振る。

「そっちはだーめ」

「でも……」

「ん?」

 ふと朝倉くんが鋭く目を細めて、仕方なく口をつぐむ。
 下手な抵抗はきっと命取りだ。

「ほら、芽依ちゃん。こっち向いて」

 反射的に顔を上げると、視界が黒くなった。

「わ、なに……?」

「目隠しだよ。悪いけど我慢してね」

 耳のあたりに温もりが触れた。彼の指先?

 びくりと肩が跳ねて身を縮める。
 朝倉くんの手も温度も怖くてたまらない。

「ふ、かわいい。そんな怯えられるともっと意地悪したくなっちゃうなぁ」

 さら、と髪を撫で下ろされる。
 視界を奪われたせいでいっそう恐怖が増して、心臓がばくばく打っていた。

 もし、いま彼があの包丁を振りかざしていたら。
 その刃先を心臓に向けられていたら……?

 震えてしまうわたしの両肩に、そっと朝倉くんの手が載せられる。

「冗談だよ、ごめんね。怖がらないで。言ったでしょ、俺は芽依ちゃんのことが好きなんだって。ただふたりで暮らしていきたいだけ」

「そんなの……!」

「信じられない? じゃあ、証明してあげよっか」

 戸惑っているうちに、す、と優しく顎先をすくわれた。

 衣擦(きぬず)れの音がする。
 彼の気配が近づいてくるような気がして、見えなくても何となく意図を察した。

「やだ……っ」

 とっさに突き飛ばすと、身を縮めるようにしてあとずさる。

 正確にそんな手応えがあったことからして、直感はきっと正しかったんだ。
 朝倉くんはいま、わたしに────。

「……残念」

 ややあって、低めた声が聞こえた。

 それでもまだ余裕が残っていて、半分(きょう)がるような声色。

「じゃあ、まだお預けってことで」

 くす、と笑ったかと思うと、ふいに手を握られる。
 反射的によじったけれど、彼に引く気はないようでいっそう力が強まった。

「転ぶと危ないから、ね? 俺の手離さないで」

「……っ」

 不本意だけれど、何も見えない以上は一旦従わざるを得ない。

 思いのほか朝倉くんの手はあたたかくて優しかった。
 この手を掴んでいる限りは、もしかしたら刃を遠ざけられるのかもしれない。

 ふいに思い至って、ぎゅっと力が込もった。