スイート×トキシック


 そんなの、極限状態に追い込まれていたせいで生まれた突飛(とっぴ)な恐ろしい妄想だ。
 どうかしていた。

 服を調べているのは、彼を信じていないからじゃない。
 信じたいからこそ、何もないことを確かめたいだけ。

(でも、やっぱり……どれも新品じゃない)

 洗濯をして丁寧に扱っていても、使用感や小さなほつれは元に戻らない。

 少なくともほかの服に血の染みがないことは確認できたけれど、これはいったいどういうことなんだろう。

 新品ではない女性ものの服がどうしてあるのか。
 それも、こんなに。

「…………」

 聞いてみたい。
 だけど、こんなこと聞けない。

 下手なことを口にして、彼の愛情を失うのが怖い。

 わたしだけにくれる優しさを手放したくない。
 彼の心と引き換えにはできない。

 ────こんこんこん、とノックされる。
 きっと夕食の時間だ。

「芽依……」

 ドアが開いた瞬間、寄りかかるようにして抱きつく。

「どうしたの。今日はほんと積極的だね」

 彼は小さく笑いつつ、当たり前のように抱きとめてくれた。

 回された腕の温もりと感触がじわじわと染みてきて、胸がいっぱいになる。

「……分からなくなっちゃった」

「ん?」

「わたし、何を信じればいい……?」

 色々な可能性をひとりで考えるしかなかった。
 ここには確かなことなんてひとつもないから。

 何も信じられない。
 嘘や毒の充満した、ふたりきりの甘いお城。

 彼に取り込まれないように必死だったけれど、それはただの、曲がったわたしの意地だったのかな。

「大丈夫だよ」

 なだめるように優しく背を撫でてくれる。

「芽依が信じたいものを信じればいい。……それが俺だったら嬉しいけど」

「信じていいの? 十和くんのこと」

 縋るように見上げると、屈託(くったく)のない笑顔が返ってくる。

「当たり前でしょ」

 じん、と心が(しび)れた。

『好きだよ、芽依ちゃん』

 確かなものも信じられるものも何もないと思っていた。
 けれど、その言葉だけは最初から揺るぎない真実だったのかもしれない。

(……決めた)

 十和くんを信じよう。
 ────信じたい。

 もう、わたしには彼しかいないから。