十和くんは思い返すように宙を見上げた。
「……始業式の日かな。隣の席だったでしょ」
初めて会ったその日から、ということだ。
2年生に進級する前は関わりなんてなかった。
「最初は“かわいいな”って、ただちょっと気になってただけだったんだけど」
ラグの上に座って優しく髪を梳かしてくれながら、滔々と語る。
表情は見えないものの照れくさそうな声色だった。
「色々話すようになってさ、その内面にもだんだん惹かれてって……。気づいたら好きになってた。あーもう、止まんないやつだこれ、って。いまも、どうしようもないくらい」
十和くんの手が止まり、一拍置いて後ろから抱き締められる。
『そのかわいい顔も、綺麗な髪も、背が低くて華奢なところも、ふわふわして見えるのに芯があるところも、一途で粘り強いところも、表情がころころ変わるところも……本当、かわいい』
ぜんぶ好きだと言ってくれた、あのときの言葉を自然と思い出した。
わたしを腕で閉じ込めている彼の温もりが、凍てついた心を溶かし出す。
「俺なら、芽依に辛い思いなんかさせない。こんな強引な真似してでも手に入れたくて。……ばかだよね」
自嘲気味にこぼされた笑みは儚げで、心が震えた。
十和くんの腕に力が込もる。
「そんな、に……?」
「……うん、本気で好き。諦めきれない」
わずかに顔を傾けた彼が窺うようにわたしを見やる。
それでいて、隙もないくらい真剣な眼差しに捕まった。
「ねぇ、芽依。俺じゃだめ?」
ふいに喉が詰まって、呼吸が震えた。
きゅっと締めつけられて視界が滲む。
「……っ」
何で、と泣きそうになったことに自分でもびっくりしているうちに、ぽろぽろと涙がこぼれていく。
「……芽依?」
戸惑ったように十和くんが腕をほどいた。
大丈夫、という意味で首を横に振ったけれど、彼は心配そうな面持ちで正面に回り込んでくる。
「どうしたの? ごめん、何か嫌だった? 痛かった?」
「ち、がう……」
彼の指先が、伝い落ちていく雫を拭ってくれた。
そのあまりに優しい温もりに余計涙があふれたけれど、お陰でやっと息ができるようになった。
「ちがうの。ごめん……」
震える声で告げると、彼はただ黙って待ってくれていた。
「そんなふうに言われたこと、なかった。いままで」
誰かを好きになることはあった。
けれど、近づくほどに相手は遠ざかっていった。
“好き”が深まっても、いつもどこかで失敗してしまって。



