スイート×トキシック


 ────そのとき、こんこんこん、とドアがノックされる。

 どきりとした。
 朝倉くんが戻ってきた、と悟って慌てて窓から離れる。

「芽依ちゃーん。お腹すいた?」

「だ、大丈夫。すいてない……!」

 余裕のない声でそう答えるけれど、無情にもドアが開かれてしまう。

「寂しいから俺に遠慮しないで。我慢なんてしなくていいよ?」

 そう言って踏み込んできた彼は、わたしの傍らにビニール袋を置いた。
 きっとコンビニのものだ。

「はい、どうぞ召し上がれ。あ、もう薬とか入れてないから安心してよ」

「…………」

 食欲なんてあるわけがないし、彼に出される食べものも飲みものももう信用できない。

「本当は俺が食べさせてあげたいくらいなんだけど……。とりあえず、きみも警戒してるみたいだし、好きなときに食べてくれたらいいから。ね?」

 ここまで大胆なことを仕出かした割には控えめに、そう言い残して出ていった。
 彼なりに気遣ってくれているのかも。

(その優しさがあるのに、どうしてこんな……監禁なんて)

 緊張で冷たい拍動を繰り返す心臓が痛い。
 先の見えない現実に追い詰められる。

 何を持ってきたんだろう。
 膝で這うように進み、袋の中を覗いてみる。

 ミックスサンドとペットボトルの水。
 手錠をされたままでもどうにか食べられるし、飲めるものではある。

(……って、ちがう)

 ああ言われたからって、本当に何も入っていないとは限らない。

 今度は睡眠薬ではなく、毒薬を仕込まれているかもしれない。

 彼から出されるものには、絶対に手をつけないようにしないと。



 窓の下に座り込んだまま、カーテンの下から覗いてみる。
 磨りガラスはいつの間にか真っ黒に色づいていた。

「どうしよう……」

 まずい状況になってきた。
 膝を立ててつま先を重ね合わせたそのとき、再びドアがノックされる。

 朝倉くんは返事を待たずして開けた。

「元気ー? お手洗い行く?」

「え……っ」

 なぜか正確に察せられて、つい素っ頓狂(とんきょう)な声がこぼれる。

 まさしくそれがわたしの“困ったこと”だったのだけれど、どうして分かったんだろう。

「何で、って顔してる。ただの勘だよ」

 歩み寄ってきた彼はわたしの前に屈み、おもむろにはさみを取り出す。

 思わず怯んでしまうけれど、その刃が直接届くことはなかった。