スイート×トキシック


 キスは拒んだのに、なぜかよっぽど気まずい。
 ただでさえここは居心地が悪いというのに。

「これ、置いとくね。……またあとで」

 わたしを気遣ってか、彼は近づいてこなかった。
 ドアの近くにコンビニの袋を置いて、すぐに背を向ける。

「ま、待って」

 とっさに引き止めると、取っ手に手をかけていた彼が振り向く。

 何か言おうとしたわけじゃなかったのに、思わず呼び止めてしまった。

(……どうしよう、何も考えてない)

 ────そのうち、この気まずさも忘れて、何ごともなかったみたいに戻るのかもしれない。

 だけど、このまま放っておくなんて無責任だ。
 彼にあんな顔をさせておいて。あんな声色にさせておいて。

 どのみち、もうあとには引けない。

「その、わたしこそごめん」

「……え」

「自分のことしか考えてなかった。ここに来てからずっとそう」

 自分さえよければそれでよかった。
 十和くんは悪者で、わたしは被害者なのだとばかり思っていた。

 そんな前提がそもそも間違いだったのかもしれない。
 だって、わたしも彼を振り回してしまっている。

「十和くんの気持ちも分かった気になってた」

 勝手に想像して、期待して、失望して。

 恋心だけじゃない。
 彼という人物に対する認識そのものが、虚像(きょぞう)でしかなかった。

(知らなかったから)

 わたしの気持ちを優先してくれた、その一途さも誠実さも、彼が持ち合わせているなんて。

 聞いてみて、触れてみて、初めて分かるのかもしれない。
 本当の十和くんがどんな人なのか。

 だから────。

「いまからでも、遅くないかな」

 彼をまっすぐ見つめると、同じような眼差しが返ってくる。

「知りたいの、もっと。十和くんのこと。これから知っていきたい」

 前にそう言ったとき、警戒心をあらわに彼は笑った。

「……うん」

 彼はまた、笑った。
 今度はどこか純粋に嬉しそうに。花が開いたみたいに。

「俺も知って欲しいって思う」



 ────ひとりになると、しゅる、と胸元のリボンをほどいた。

 着慣れたブラウスに袖を通したとき、シトラスがふわりと漂う。十和くんのにおいがする。

 スカートを履くとカーディガンを羽織り、胸元に制服のリボンをつける。

 寝る前にそうして元の格好に戻ると、着ていたワンピースを手に取った。

 ハンガーにかけた方がいいのだろうけれど、この部屋にはない。
 ひとまず畳んでおこうと床に置いたとき、ふと違和感を覚える。

「ん……?」