こてん、と首を傾げる彼を恐る恐る見上げていると、そっと傍らに屈み込んできた。
「いい? 言うこと聞かなかったら────」
「……っ!」
後ろ手に隠していた包丁を突きつけられた。
向けられた鋭い切っ先が光を弾く。
粟立った身体が震え、おののいて涙が滲んだ。
こくこくと必死で頷く。
叫ぶどころか、声なんて喉に張りついて出てこない。
「よしよし、いい子。安心してね。抵抗しなければ何にもしないから」
満足気に微笑んだ朝倉くんがわたしの頭を撫でる。
びくりと身体が強張ったけれど、彼は気に留めないまま口元のガムテープをそっと剥がした。
「あさくら、くん……! ねぇ、どういうこと? 何、これ……。何なの……?」
縋るように言うと、彼に「しー」と人差し指を向けられる。
滲んだ視界の中、その笑顔が歪んだ。
「分かんない? 俺が攫って捕まえたんだよ」
「何で。なんで……!?」
「好きだから」
朝倉くんがうっとりととろけるような表情で告げる。
冷えたわたしの手に指先を滑らせ、包み込むように握った。
「え……?」
「これからはふたりで仲良く暮らそうね。ここなら誰にも邪魔されないし……」
愛おしげに指を絡ませる彼の体温が溶け出すと、反対にわたしの身体からは血の気が引いていく。
震えながらどうにか首を横に振る。
その拍子に浮かんでいた涙がこぼれ落ちた。
朝倉くんは甘く微笑んだまま、わたしの頬に手を添える。
「一緒に堕ちよっか」
◇
どのくらいの時間が経ったんだろう。
部屋にひとり残されたわたしは、隅で蹲るようにして震えていた。
(どうすれば……)
怖くてたまらない。
このままじゃ殺される────突きつけられた包丁と、朝倉くんの常軌を逸した笑顔を思い返すたび涙が滲んだ。
まさか、彼があんな人だったとは思わなかった。
わたしへの想いも、あれほど本気だったなんて思いもしなかった。
(……逃げなきゃ。何とかしてここから出なくちゃ)
こんなところで死にたくない。
拘束されたままの両手でスカートのポケットに触れた。
けれど、いつもならあるはずの硬いスマホの感触が返ってこない。
スマホはもちろん、鞄やほかの荷物もすべて取り上げられてしまったみたいだ。
窓に寄って、カーテンを少しずらしてみる。
磨りガラス加工が施されており、外の景色は見えない。
立ち上がれないせいでまず視点が届かなかった。
ただ、薄明るい光が白っぽく漂っていることは分かる。
どれほど意識を失っていたのかは分からないけれど、まだ日は完全に落ちていないみたいだ。



