痛い。苦しい。もう嫌だ。
泣きたくなんてないのに、じわりと涙が滲む。
「かわいくない芽依は嫌いだけど、でも、それも含めてぜんぶ愛しいんだよ。やっと捕まえたのに……手放すわけないじゃん」
恍惚と微笑む十和くんはまさしく狂っていた。
彼の愛には、わたしがいない。
いつだって大事なのは自分の想いと感情で。
「う……」
目眩を覚え、意識が朦朧とした。
ふらりと力が抜けてよろめいたわたしを抱きとめた十和くんに、そのまま軽々と横抱きにされる。
「ふふ……そう、そうやってぜんぶ俺に委ねてなよ」
白昼夢みたいに目の前がふわふわ白く霞んでいた。
とさ、とややあって響いてきた小さな衝撃で我に返る。
いつの間にか監禁部屋に連れ戻されていて、布団の上に横たわっている。
「……!」
見上げた先に鋭い光が見えて、とっさに顔を背けた。
はら、と舞い降りてきた何かが頬をくすぐる。羽根だ。
引き裂かれた枕から白い羽根が舞っている。
突き刺さっていた包丁を引き抜いた十和くんは、うっとり頬を染めて笑った。
「その怯えた感じ……すっごいかわいいよ。もっと見せて」
正気の沙汰じゃない。
甘ったるくて熱いその眼差しも、向けられる包丁の切っ先も。
冷えきった彼の両手が再びわたしの首に触れた。
必死で掴んでも、爪を立てても剥がせない。
「離して……っ!」
「しー。抵抗するならまた痛くするよ?」
す、と彼が顔を寄せる。
「もう1回絞めてあげようか。それとも、前に言ったように脚の骨折って欲しい? 腱も切ってあげられるよ。そしたら、俺から逃げようなんてばかなこと考えなくなるのかな」
「いや……。お願い、やめて! ごめんなさい、ごめんなさい……っ」
恐怖で涙があふれていく。
逃げられない。逃げ場なんてない。
「……泣かないでよ。ぜんぶ芽依のためなのに」
濡れた頬を拭う十和くんの指先は優しくて、ひどく心を揺さぶられる。
(だから騙されちゃうんだよ……)
優しい一面と残酷な一面と、その大きすぎるコントラストに翻弄されてしまう。
どちらかしか見られない。どちらかしか信じられない。
(わたしのせいなの……?)
ごめんなさい、と口にするほど分からなくなってきた。
本当はその温もりが正しいのに、わたしが失望させたせいで豹変してしまったのかもしれない。
本当は暴力なんて不本意なのに、わたしが言う通りにしないから仕方なく手を上げているのかもしれない。
(先に裏切ったのは、確かにわたし)
十和くんはわたしを信じて試していただけだったのに、その信頼に応えられていなかった。
「……っ」
ぽろ、とまた涙がひと粒こぼれ落ちたとき、ふいに視界が翳って唇が触れる。
こんなふうに強引に奪われるのも何度目だろう。



