スイート×トキシック


 ぞくりと背筋が冷えた。

(何か、怖い……)

 肌が粟立(あわだ)つのを感じてあとずさる。

「好きな人のことは何でも知りたい。でも、知ってるのは俺だけでいい。だから────」

 教室でそう言っていたときとは明らかにまとう雰囲気がちがう。
 反射的にもう一歩あとずさったとき、たたらを踏んだ。

「……っ」

「おっと」

 倒れる前に朝倉くんが支えてくれて、その腕の中におさまる。
 身体から力が抜けてしまい、もたれかかった。

 ふっと(まぶた)が落ちてきて、耐えきれずに目を閉じる。
 何だか猛烈(もうれつ)に眠たい。

「あさくら、く……」

「大丈夫。いい夢見せてあげるから、ちょっとだけ眠っててね」

 完全に意識を失う寸前、そんな言葉が耳に届いた────。



     ◇



 はっと目を覚ますと、その瞬間に全身が感覚を取り戻した。

 とっさに口元に違和感を覚える。
 粘着性の何かが貼られている?

 触れようと手を伸ばしかけたものの、なぜか思うように動かせない。

(何、これ)

 訝しみながらもたげた両手首には、手錠がかけられていた。

 ちゃり、という金属音を聞き、一拍遅れて恐怖が込み上げてくる。

「……っ」

 慌てて起き上がろうとしたとき、両方の足首も結束(けっそく)バンドで拘束されていることに気がついた。
 動くと擦れて、靴下越しでも痛みが走る。

(何なの……!?)

 ────誘拐。拉致。監禁。
 そんな不穏な単語が浮かんでは弾けた。

 動悸と呼吸が速まる中、混乱しながらあたりを見回す。

 6畳ほどの洋室には、窓がひとつある以外に何もない。
 わたしは殺風景(さっぷうけい)な部屋の中央に寝かされていたようだ。

 窓には厚手のカーテンが引かれており、外からの光はほとんど遮断されていた。
 
(ここ、どこ……?)

 急速に不安が湧き上がったそのとき、部屋のドアが開かれた。
 戸枠の部分に悠々(ゆうゆう)と朝倉くんが立っている。

「おはよう、芽依ちゃん」

 息をのむものの、彼はあくまで態度を変えなかった。
 微笑んだまま顔を傾ける。

「きみってば案外ガード緩いんだねー。あんなに簡単に薬盛れるとは思わなかったよ。俺のこと信用してくれてるんだね。嬉しいなぁ」

 渡された苺ミルクのキャップが緩かったのは、そういうことだったんだ。
 睡眠薬か何かを仕込まれていた。

 部屋へ踏み込んできた朝倉くんが、機嫌よく歩み寄ってくる。

 とっさにあとずさろうとしたのに、拘束のせいでうまくいかない。
 囚われたままの両手で自分を庇うようにしながら、必死で顔を背けた。

「大丈夫、怖がらないで。叫ばないって約束できる?」