「……!?」

 突然のことに声すら出せず、瞠目(どうもく)したまま彼を見上げる。
 朝倉くんはわたしの指先をじっと眺めていた。

「爪も切ったんだ」

「な……」

 喉元で息が詰まった。
 驚愕と恐怖の両方が急速にせり上がってきて、身が強張る。

 肌が粟立(あわだ)った。
 なぜか分からないけれど、何だか気味が悪い。

 朝倉くんに掴まれた手首を引き、慌てて逃れる。
 わずかに残った温もりでさえ、わたしの動揺を(あお)った。

「何で、知ってるの……?」

 前髪はまだともかく、爪にまで気付くなんてよっぽどだ。
 ぞくりと背筋が冷えた。

 おののいてしまうわたしとは裏腹に、彼はにっこりといつもの人懐こい笑顔をたたえる。

「こないだ芽依ちゃんにノート借りたでしょ? そのとき見たより短くなってるもん」

 そんな一瞬のやりとりで……?
 (いぶか)しんで眉を寄せた。

 そのわたしの反応すら面白がるように、朝倉くんは笑みを深める。

「芽依ちゃんのこと、ずーっと見てたから」

「……っ」

 怯えてしまう感情を隠せないで、瞳が揺れているのを自覚した。

(何か、怖い……)

 初めて、朝倉くんに対して恐怖を覚えた。
 これまで積み上がっていた肯定的な気持ちや印象が崩れていく。

 この場から逃げ出したい。
 ……たぶん、一緒にいない方がいい。

 状況をよく理解出来たわけではないけれど、本能が危険信号を打ち鳴らしていた。

「ご、ごめん。わたし────」

 これ以上、彼といるのは危ない。
 そんな予感が渦巻き、咄嗟(とっさ)に離れようとした。

 うまく回らない頭で言葉を探したものの、不意に目眩(めまい)を覚える。

(何、これ……)

 地面がぐにゃりと柔らかく沈んだような錯覚に(おちい)り、たたらを踏んだ。

「おっと」

 倒れる前に朝倉くんが支えてくれる。

 ふっと(まぶた)が落ちてきて、耐えられなかったわたしは目を閉じた。

「あさくら、く……」

 掠れた声は音にならなかった。

 彼の腕の中で力が抜け、もたれかかるように倒れ込んでしまう。

 猛烈(もうれつ)に眠たい。
 周囲の音が遠のき、場違いな心地よさに包まれていく。

「大丈夫。いい夢見せてあげるから、ちょっとだけ眠っててね」

 完全に意識を失う直前、そんな彼の言葉が耳に届いた────。