慎重に言葉を探しているうちにタイミングが逃げていった。
 聞くに聞けないでいると、彼は晴れやかに笑う。

「食べづらいと思ってさ。足の方はまぁ……最近の芽依ちゃん、いい子だからご褒美」

「本当に……? いいの?」

「いいよー。これだけ俺が尽くしてるのに、今さら馬鹿なことも考えないでしょ。ね?」

 一見優しい笑顔なのだが、鋭い色が滲んでいた。
 有無を言わせない圧は牽制(けんせい)に等しかった。

 “今度またあんな行動に出たら次はない”────(あん)に示された脅しに、解放されたはずの両足がすくむ。



「あ、ありがとう……。十和くん」

 込み上げてこようとする不安をすべて飲み込み、わたしは思考を止めた。

 彼の背に腕を回して抱きつく。
 嫌悪感なんて二の次だ。

(怖い……。こわい……こわい……)

 確かな恐怖心が胸の内にはびこっていた。
 触れた彼の身体が針のむしろみたいに感じられた。

 それでもこうすれば、十和くんの抱く疑念を少しでも払拭出来るのではないかと思った。

 体温に、感触に、惑わされてしまえばいい、と願った。

「……びっくりした。大胆なとこあるんだね」

 その言葉通りよっぽど驚いたのか、反応が返ってくるまでに間があった。

 普段よりどこか低くてゆったりとした口調だ。
 間近(まぢか)で聞いているからそう感じたのかもしれない。

「そっか、手錠外したら芽依ちゃんからも抱き締めて貰えるんだ」

 十和くんはしみじみとそう言いながら、わたしの背に手を添える。

(……あれ?)

 彼がそうすることを予想していなかったわけではなかった。
 けれど、覚悟していたような抵抗感は訪れなかった。

(おかしいな)

 温もりに惑わされているのは、どっちだろう……?



*



 その夜、十和くんは約束通りふかふかの布団を運んできてくれた。

 わたしは久しぶりに、あたたかく柔らかい寝床(ねどこ)で眠りにつくことが出来た。