それはそうだ。
 あのタイミングで宇佐美に目撃されることは想定外だったが、あのとき既に芽依は薬を口にしていた。

 後には引けなかった。
 あのチャンスを逃せば、もう機会は巡ってこなかっただろう。

 正直なところ、自信もあった。

 築き上げてきた“朝倉十和”の人物像からは、このような行動(、、、、、、、)をとるなど誰も想像がつかないはずだ。

 また、一見クールでも実のところ優しい宇佐美には、自分を誘拐犯だと疑えるはずもない。
 そんなこと、思いもよらないだろう。

 今後いくら怪しさを増したとしても、彼は十和に対して“黒”だと言えない。

 本人が認めない限り、信じようとするはずだと高を括っていた。

「確かに一緒にいたけどー……学校出る前に別れちゃったんだよね」

「ふたりで帰ったんじゃないのか?」

「ううん、帰ってない。あ、何なら確かめてみてよ。校門前って防犯カメラあるんでしょ?」

 当然、そこには証拠など残していない。

 ひとりで校門を潜る芽依の姿と、時間を置いて同様にする自分の姿しか映っていない。

 あの木の下は死角になっている上、カメラに音声を拾う機能は搭載(とうさい)されていないのだ。



 宇佐美はしばらく考え込むような表情を崩さないでいたが、ややあってため息をついた。

「……そうだな。日下は下校中に何かに巻き込まれたのかも」

 十和を疑っているというより、1週間ほど経過してもなお手がかりのない芽依の失踪(しっそう)について心を痛めているようだった。

 自分の受け持つクラスの生徒が突然消えたのだから、心配にならないはずもない。

「…………」

 十和は人知れずほくそ笑んだ。
 すぐに眉を下げ、不安気な表情をつくってみせる。

「芽依ちゃんが心配?」

「当たり前だろう。俺の生徒なんだぞ」

「……本当にそれだけ?」

 つい、食い下がった。

 芽依の好きな人が誰なのかは知らない、と言ったのは嘘だ。
 彼女が宇佐美のことを想っていることは承知している。