スイート×トキシック


 普通に願い出れば、機嫌を損ねてしまうことは明白。

 そんなことを考えていると、おもむろに十和くんがもたれていた背を壁から起こした。

「じゃあ作ってくるから待っててね」

 ぽん、とあたたかい手が頭に載せられる。

「!」

 図らずもその行動は、わたしにヒントを与えてくれた。

 立ち上がろうとした十和くんを、服の裾を掴んで引き止める。

「芽依?」

 不思議そうな表情で振り向いた彼と目が合った。
 (おく)せず口を開く。いまなら大丈夫。

「わたしのこと、子ども扱いしないで」

 すねたように言ってみせると、驚いたような慌てたような調子で座り直した。
 困ったように覗き込んでくる。

「してないよ、どうしたの」

「してるよ! ご飯食べさせたりとか、すぐ頭撫でたりとか」

 そう言うと思い当たる(ふし)があったらしく、眉を下げて苦く笑う。

「あー、確かに言われてみれば……。ごめんね?」

 窺うような上目遣いで、こてんと顔を傾けた。

 何でも許してしまいたくなるようなあざとさ。
 わたしにもそんなことができたら、もう少し簡単に目的を果たせるのかも。

「でも、全然そんなつもりはなかったんだけどな。芽依がかわいいから、必要以上に構いたくなるだけだよ」

(また恥ずかしげもなく……)

 そう思ったけれど、そりゃそっか、と納得した。

 恥ずかしがる必要がないんだ。
 ここには、わたしと十和くんのふたりだけしかいないんだから。

 いまさら想いを隠す必要も、遠慮する必要もない。

「けど、分かった。気をつけるね。芽依に嫌な思いはさせたくないから」

 どの口が言っているんだろう。そう思ったものの、案外それが本心なのかもしれなかった。

 わたしが従順でいる限りは害が及ばないから。
 確かに、彼が最初に言っていた通り。

 そのスタンスは一貫していて揺らがない。
 自分の望みを叶えるためだけかもしれないけれど。



 完全に日が落ちた。
 あれからしばらくして、ドアをノックされる。

「芽依、ご飯できた。開けていい?」

 向こう側に「うん」と答えつつ、やけに優しい気遣いに気がつく。

 いままでは無遠慮に踏み込んできたのに。
 ノックしたって形だけで、わたしに選択権なんてなかったのに。

 かちゃりと鍵が開き、トレーを持った十和くんが入ってくる。
 目が合うと見とれるほど柔らかい微笑を向けられた。

(────鏡みたい)

 ふと、そんなことを思った。
 歩み寄ればその分だけ、彼も応じてくれるんだ。

 優しくすれば、優しくしてくれる。
 受け入れれば、大切に扱ってくれる。

(でも……“嘘”を映したらどうなるんだろう?)

 十和くんはわたしの狙いに気づいているのかな。