そんなこと、絶対にない。

 わたしが十和くんを好きになるなんて、天地がひっくり返ってもありえない。

 ────怖かった。
 彼の印象が少しずつ塗り替えられていくから、いつか、そう言い切れなくなってしまいそうで。

(……って、馬鹿なこと考えちゃ駄目)

 甘やかな()に惑わされているだけだ。
 誰だって、自分を認めて貰えると嬉しいから。



「で、ほかには? 何か聞きたいことある?」

 彼は機嫌がいいようだった。
 興味を持たれている、ということが嬉しいのかもしれない。

「……十和くんって、一人暮らしなの?」

 迷った挙句、口にした。
 探っていると思われただろうか。

「そうだよ。親は離婚してて、俺は父親に引き取られたんだけど、ずっと海外にいるんだよねー」

 疑うような素振(そぶ)りもなく、思いのほかあっさりと明かされた。

「そう、なんだ」

 予想もしていなかった複雑な事情に、何と言えばいいのか分からなかった。
 消え入りそうな声で相槌(あいづち)を打つことしか出来ない。

「……ちょっと、なに泣きそうな顔してるの。今さらもう辛いことでも何でもないって。芽依ちゃんがいるんだし」

 十和くんはくすくすといつも通り笑っていた。

 そんなふうに言うのはずるい。
 わたしが彼の孤独に寄り添うことが正しいみたい。

 そんな話を聞かされた後じゃ、無下(むげ)に突き放すことも出来ない。

 伸びてきた彼の手がわたしの手首を掴んだ。
 小さな迷子の子どもみたいに、(すが)るように握り締められる。

「君はさ……いなくならないでね。ずっと俺のそばにいて」

 普段は自信に満ちていて意思の強い瞳が、今ばかりは不安気に揺らいでいた。

 本気でわたしを必要としてくれているみたい。
 ほかの誰でもなく、わたしを────。

「うん……。いるよ、そばに」

 そう答えたのは決して本心ではなく、彼が望んでいると分かったからだ。
 
 十和くんがどんな過去を背負っていて、どんな痛みや孤独を抱えているのかは知らない。
 わたしにとってはどうだってよかった。

 ただ、ここから出ることだけを考えればいい。
 彼から逃れることだけを目指せばいい。

「ありがと、芽依ちゃん」

 ふわ、と抱き締められた。
 どこか遠慮がちだけれど、寄りかかるような感じだった。

「…………」

 わたしはひっそりと噛み締めるように口端を結んだ。
 馬鹿な夢でも見ていればいいんだ。

 彼が自分のエゴのためにわたしから自由を奪うなら、わたしは自分の目的のために彼の想いを利用する。