それで不興を買ったら、ここまでの地道な努力や重ねてきた我慢がぜんぶ水の泡────。
「えっと、ちがくて……」
「分かるよ」
慌てて取り繕おうとしたものの、彼の言葉に遮られた。
「え?」
「俺もおんなじ。こうやって現実見せられても、芽依が好きって気持ちは変わらない」
心臓が切なげな音を立てる。
瞳が揺れるのを自覚した。
「苦しいけど、でも笑った顔のひとつでも見られれば、それだけで報われた気がする」
ぎゅう、と心が締めつけられるようだった。
その苦しさは身をもって味わっているし、そんなふうに彼を苦しめているのは自分なんだと分かるだけに、余計に痛い。
「……ま、こんなふうに閉じ込めて、一方的に気持ち押しつけといてなに言ってんだって感じだけどねー」
困ったように肩をすくめて笑う十和くんを、いまは怖いだなんて思えなかった。
好きな人のことをもっと知りたい気持ちも、ひとりじめしたい気持ちも、自分を分かって欲しい気持ちも、よく分かる。
同じ辛い想いを抱えているのだと改めて知ってしまうと、募っていた彼への抵抗感が和らいでいった。
代わりに芽生えたこの感情は何だろう。
……同情? 共感?
「本当、自分勝手なことしてごめん。芽依が好きなだけなのに、うまくできなくてごめんね」
うつむいた彼の顔が翳った。
儚げな表情が、声色が、空に吸い込まれていく。
わたしの心を揺さぶって、惑わして、鈍らせる。
テーブルの上に置かれていた彼の手に触れた。
十和くんがはっとしてこちらを向く。
「大丈夫」
「芽依……?」
「謝らないで。正解なんてきっとないから」
十和くんの愛の形が異常だということは分かる。
だけど、間違っているのかな。
もし、わたしも同じように彼を求めたら、お互いの心がぴったり重なるのかもしれない。
(そしたら、十和くんが間違ってるとは言えなくなるんじゃないかな……)
どこか意表を突かれたように、見張った彼の瞳が揺らぐ。
「わたしね……正直、救われた。あんなふうに言ってもらえて、ちょっと嬉しかったんだ」
誰にも受け入れてもらえたことなんてなくて、自信も何もなかったけれど、彼だけは認めてくれた。
ずっと、ひたむきに想い続けてくれていた。
当のわたしが彼やその気持ちを受け入れるのに積極的にはなれないけれど、向き合うことには少しだけ前向きになれた。
紡いだ言葉は“王さま”のご機嫌を取るための贈りものじゃない。
ふわりと十和くんの腕に包まれる。
こうして抱き締められるのは何度目だろう。
爽やかなシトラスの香りがほのかに漂った。
以前より薄く感じるのは、わたしからも同じにおいがしているからかな。



