そんなことを考えていると、小皿に載ったフォークが目に入る。
はっとしてしまった。
それを手にする手段を、いまのわたしは完全に見失っている。
「あ、うん。ありがとう」
誤魔化すように笑いつつ、両手を差し出す。
十和くんは小さなテーブルにケーキを置くと、ポケットから鍵を取り出した。
あの日から彼と一緒に夕食をとる羽目になって、宣言通り、わたしはいつも彼に否応なく食べさせられていた。
メニューによらず、何だかわざと箸を持ってきているような気がする。
余計なことを言うんじゃなかった。
結果的にフォークも遠のいたし、自分の嘘に苦しめられている。
もどかしい思いとどうにか折り合いをつけながら、切り分けたケーキをひとくち頬張る。
甘くて美味しい。
ふと、彼にじっと見つめられていることに気がついた。
何だか嬉しそうだ。
「……なに?」
「ううん。芽依ってさ、甘いもの好きだよね」
なんてことのない言葉だけれど、無意識のうちに警戒心が込み上げる。
まさか何か仕込まれている?
「それ、が……どうしたの?」
「もし芽依とデートしたら、カフェ巡りとかするのかなぁって想像しただけ。いろんなお店のスイーツ食べ比べるの楽しそう」
「……かもね」
そういう想像はわたしもしたことがある。
わたしの場合、一緒にいるのは彼ではなく先生なのだけれど。
「してみたいなぁ、そういうの」
気づいたら、ぽつりとこぼしていた。
先生が、好きな人が隣で笑ってくれるのって、どんな感じなんだろう。
好きな人がわたしだけを見てくれるって、どんな世界なんだろう。
「……したことないの? 芽依の好きな人と」
「ないよ、そんなことできる相手じゃないし。そもそもわたしなんて眼中にないって」
先生にとっては、わたしは数多くいる生徒のうちのひとりに過ぎないだろう。
言いながら、ずきんと胸が痛んだ。
自嘲気味に笑った頬が強張る。
先生を好きになった時点で、そんな痛みは百も承知のはずだったのに。
最初から叶わぬ恋だって、分かっていたはずなのに。
「……そうなの?」
「そうだよ。でも、届かないって分かってても好きなの」
“だめ”とか“やめよう”とか、そう決めて唱えるだけで想いがまるごと消えてなくなればいいのに。
どんなに辛くても、痛くても、止まないんだ。
現実を直視するほど、傷は広がっていくだけなのに。
(……あ、しまった)
はたと我に返る。
どうしてこんなこと、十和くんに吐き出したんだろう。
恥ずかしい、と思うと同時に怖くなった。
これじゃ彼の気持ちを頭ごなしに拒んでいるのと同じ。



