スイート×トキシック


 今朝のような優しくて純真な姿を目にしていると、ついその本性を忘れそうになる。

 痛みとともに身をもって思い知ったはずなのに、十和くんという人を信じかけていた。

 彼は悪だ。敵だ。
 そんな前提すら見失いそうになるほど、目的ばかりに気を取られて。

 わたしは深く息をついた。

(……外の空気、吸いたい)

 ここは息苦しくてたまらない。
 毒が充満しきっている。

 ────結局、窓を開けることは諦めざるを得なかった。

 無理やりにでもクレセントを動かしてこじ開けようとしたけれど、わたしの力じゃ全然足りない。

(この家は……間取りからして、マンションだよね)

 何階建ての何階なんだろう。
 高層階なら、飛び降りて逃げるのも無理だ。

 きっと下はコンクリートだろうし、幸い死なずに済んだとしても、骨折でもしたら逃げられない。
 ドアも窓も、鍵がないと開けられない。

「やっぱり、鍵を奪うしかない……?」

 だけど、いったいどこに置いているのだろう。
 絶対に彼の直接の監視下に決まっているけれど。

 それはつまり、奪うどころか手にすることさえ、わたしには不可能なのではないだろうか。

 順調だと思っていたのに、気づけば目の前は暗闇に覆われていた。

 あらゆる感情をおさえて、こらえて、壁を崩したのに、わたしは目的に近づけてもいないのかもしれない。

「もう、どうしたらいいの……」

 部屋にはものが増えたけれど、どれも鍵の代わりにはならない。

 だけど“鍵を奪う”なんて、やっぱり現実味がないような気がする。

(そのための作戦も、何ひとつ思い浮かばないし)

 脱出について考えを巡らせると、以前勢い任せに試みたときのことが自ずと脳裏をちらついた。

(あのときは失敗しちゃったけど……)

 それは“知らなかったから”だ。
 間取りも、玄関があんなふうにがんじがらめになっていることも。

 でも、いまはあのときより情報を持っている。

 ここから逃げ出すのに、あのやり方自体は正しかったと思う。

 わざわざ危険を(おか)して鍵を手に入れなくても、ドアが開くタイミングを利用すればいい────ということ。

 十和くんの監視は実際のところ、だんだん甘くなってきている。

(もう少し……)

 彼が登校して家を空けている間にも、この部屋から自由に出歩くことができるようになれば。

「出られるかも。本当に……」

 期待と希望の込もった呟きが(くう)に溶けていく。
 口にすると一気にリアリティが増して、鼓動が加速した。

 玄関やこの窓が固められていても、別の窓は開くかもしれない。

 たとえばここが高層階で飛び降りられないとしても、ベランダ伝いに助けを求められるかもしれない。

 それができなくても、スマホなり固定電話なり通信機器を探すことができる。

 この部屋から出るだけで、脱出の可能性は大いに高くなるんだ。