ひっそりと噛み締めるように口端を結ぶ。
(……ばかな夢でも見てればいいんだ)
彼が自分のエゴのためにわたしから自由を奪うなら、わたしは自分の目的のために彼の想いを利用する。
ただ、それだけのこと。
日が落ちて夜になると、再び十和くんが部屋にやってきた。
あたためたパスタとプラスチックのフォークを持ってきてくれる。
(久しぶりに、あったかいご飯……)
たったそれだけのことがこんなに嬉しいなんて思わなかった。
感動すら覚えるわたしの前に屈んだ彼は、おもむろにはさみを取り出した。
「え……」
息をのむと、一気に体温が下がる。
やっぱり何か“対価”が必要なのだろうか。
「大丈夫、怖がらないで」
十和くんの声は思いのほか優しくて、そのはさみがわたしに触れることもなかった。
両足をまとめ上げていた結束バンドが断ち切られる。
「えっ? あの……」
「手、出して」
困惑しながらもおずおずと従うと、持っていた小さな鍵を使って手錠まで外してくれた。
微かな赤い痕と硬い感触の残った手首に思わず触れる。
「何で……」
拘束が解かれたこと自体は望ましい展開のはずなのに。
素直に喜べないのは、何かもっと恐ろしいことがこのあとに待ち構えているのではないかと勘繰ってしまうからだ。
十和くんを信用しきれない。
今度は何を企んでいるのだろう……?
「ん? もっとつけてたかった? そういうのが好きならいくらでも拘束してあげるけど」
「そ、そうじゃなくて」
足の方は移動という目的があったからともかく、手錠はこれまで頑なに外してくれなかったのに。
どういう風の吹き回しなんだろう。
「食べづらいかなと思ってさ。足の方はまあ……最近の芽依ちゃん、いい子だからご褒美」
「本当に……? いいの?」
「いいよー。これだけ俺が尽くしてるのに、いまさらばかなことも考えないでしょ。ね?」
優しい笑顔には鋭い色が滲んでいた。
有無を言わせない圧は牽制に等しい。
「あ、ありがとう……! 十和くん」
込み上げてこようとする不安をおさえ込むと、思考を止めて必死で鈍感になる。
彼の背中に腕を回して抱きついた。
(こわい……こわい……)
確かな恐怖心が胸の内にはびこって、心音が速まる。
触れた彼の身体が針のむしろみたいに感じられた。
それでも、こうすれば十和くんの抱く疑念を少しでも誤魔化せるのではないかと思った。
体温に、感触に、惑わされてしまえばいいと願った。
「……びっくりした。大胆なとこあるんだね」
その言葉通りよっぽど驚いたのか、反応が返ってくるまでに間があった。
「でも、そっか。手錠外したら芽依ちゃんからも抱き締めてもらえるんだ」
十和くんはしみじみとそう言いながら、わたしの背中に手を添える。



