そんなこと絶対にありえない、と思う反面、少し怖くもあった。
彼に対する嫌悪や拒絶の気持ちがだんだん丸くなりつつあるのも事実で、いつかそう言いきることもできなくなってしまいそう。
(……って、ばかなこと考えちゃだめ。しっかりしなきゃ)
甘やかな“毒”に惑わされているだけだ。
誰だって、自分を認めてもらえると嬉しいから。
「で、ほかには? 何か聞きたいことある?」
十和くんはやっぱり機嫌がいいみたい。
興味を持たれている、ということが嬉しいのかもしれない。
「……十和くんって、ひとり暮らしなんだね」
確かめるように口にした。
探っていると思われたかも、とひやりとしたものの、わたしを疑う素振りはない。
「そうだよ。親は離婚してて、俺は父親に引き取られたんだけど、ずっと海外にいるんだよねー」
「そう、なんだ」
「ちっちゃい頃からほとんどずっとひとりだし、母親の顔も父親の声もあんまり覚えてない。……最後に会ったのいつだろ」
肩をすくめて笑う十和くんの横顔は、普段よりずっと寂しそうで脆く見えた。
予想もしていなかった複雑な事情に、とっさに言葉が出てこない。
眉根に力を込めたまま口をつぐんでいると、ふと彼がこちらを向いた。
くす、と笑った表情はいつもと同じ雰囲気に戻っている。
「そんな泣きそうな顔しないでよ」
「……ごめん」
「いまさらもう辛いことでも何でもないって。本当だよ? 芽依ちゃんがいるんだし」
「…………」
そんなふうに言うのはずるい。
わたしが彼の孤独に寄り添うことが正しいみたい。
そんな話を聞かされたあとじゃ、無下に突き放せもしない。
伸びてきた十和くんの手がわたしの手首を掴んだ。
迷子の子どもみたいに、縋るように握り締められる。
「きみはさ……いなくならないでね。ずっと俺のそばにいて」
普段は自信に満ちていて迷いのない瞳が、いまばかりは不安気な色に染まりきっていた。
本気でわたしを必要としてくれているみたい。
ほかの誰でもなく、わたしを。
「うん……。いるよ、そばに」
そう答えたのは決して本心ではなく、彼が望んでいると分かったから。
十和くんがどんな過去を背負っていて、どんな痛みや孤独を抱えているのかは知らない。
どうでもいいことだと割り切らないと、ここから出るのに枷になってしまう。
ちくりと胸が痛んだのはきっと気のせい。
「ありがと、芽依ちゃん。きみがいてくれてよかった」
ふわ、と抱き締められる。
どこか遠慮がちだけれど、寄りかかるような感じだった。



