スイート×トキシック


 一拍置いて、十和くんの唇が満足そうに()を描いた。

「全然。かわいいなぁって思っただけ」

 彼は彼で、やっぱり本心が見えない。

「嬉しいな。芽依ちゃん、最近よく笑ってくれるから」

 そう言って立ち上がった十和くんが背を向けたのを見て、思わず身体が前のめりになった。

「ま、待って」

 衝動的な行動ではあったけれど、考えなしに引き止めたわけじゃない。

(“ここから出る”って覚悟決めてから、何日経った……?)

 せめて事態が悪化しないように、と従順でいることは、確かに間違いじゃない。
 だけど、それはその場しのぎを上塗(うわぬ)りしているだけ。

 ずっと、拘束されたままわびしい食事をして、決められたタイミングでお手洗いに行って、日がな来もしない助けを待ち続ける日々を強いられる。

 自分で何かしないと、ここから逃げ出すという目的にはきっと根本的に近づけないんだ。

「ん? どしたの」

「あのね……少し、話さない?」

 不思議そうに首を傾げる十和くんを、じっと見上げる。

 わたしは彼のことを何も知らない。

 学校で話すことはよくあったけれど、彼は自分のことをあまり語らなかった。

 いつだってわたしのことを聞きたがったし、知りたがっていた。

 それは“このため”だったのかな。
 それとも、純粋な“好き”という気持ちからだったのかな。

(わたしだったら……)

 好きな人(先生)のこと、もっと知りたい。
 その分、わたしのことも知って欲しいと思う。

(十和くんはちがうのかな)

 ややあって、彼は「……へぇ」と再び歩み寄ってきた。
 正面に屈み込むとにっこり微笑む。

「何の話がしたいの?」

 警戒しているのだとひと目見て分かった。
 わたしがまた「ここから出して」なんて懇願するんじゃないか。きっとそう思っている。

「十和くんのこと、知りたい」

 怯まず答えると、彼は意外そうに目を見張ってから再び笑みをたたえた。
 今度はどこか嬉しそうな笑顔だった。

「積極的だね。嬉しいなぁ、芽依ちゃんも俺のこと意識してくれてるんだ」

 こんな状況で気に留めないでいられる方がおかしい。
 異性として、という意味なら、決してそういうわけじゃない。

「いいよ、話そ。何を聞きたいの?」

 十和くんは隣に並んで腰を下ろした。

「えっと……」

 聞きたいことは色々あるけれど、何が地雷になるか分からない。
 彼の警戒心を煽って不信感を買うのもごめんだ。

「……わたしのどこが好きなの?」

 慎重に言葉を探しているうち、どうしても気になったことが口をつく。

 最初から分からなかった。
 女の子なんて()り取りみどりのはずなのに、どうしてわたしなんだろう?

 わたしより美人な子だって、頭のいい子だって、スタイルのいい子だって、明るい子だって、優しい子だって、魅力的な子はきっとたくさんいるはずなのに。