戸枠のところで足を止めた先生は、驚いたようにわたしと朝倉くんそれぞれに目をやる。
「先生」
さっき以上に心臓が大きく跳ねた。
舌の上に残った甘い味がざらつく。
「やっほー。あ、先生も飲む?」
先ほどまでのやり取りなんてまるで気にも留めていないように、朝倉くんが自身のペットボトルを掲げて首を傾げる。
「遠慮しとく。俺は甘いの苦手だから」
「そっかー」
「そもそもおまえの飲みかけだろ、それ」
「えー、何か問題ある?」
彼はくすくすと楽しそうに笑った。
繰り広げられる軽快なやり取りを耳にそっと息をつき、無意識に止めていた呼吸を再開する。
(朝倉くん、先生とも仲いいんだ)
本当に誰とでも親しいフレンドリーな人なんだな、と改めて思う。
「そんなことより日下、日誌は書けたか?」
「え……。あ、はい!」
唐突に彼の目が自分に向いてどぎまぎした。
ぱたん、と閉じた日誌を差し出したとき、手が触れそうになってどきどきした。
「お疲れ。日下はいつも真面目に取り組んでくれるから俺も助かる」
ふ、と淡く笑った先生に見とれかけて、それからあまりの嬉しさに頬が緩む。
同時に少しほっとした。
最近は何かに悩んでいるのか険しい顔をしていることの多かった先生が、笑顔を浮かべていることに。
そのとき、がたん、と音を立てて朝倉くんが立ち上がった。
「先生、じゃーね」
「気をつけて帰れよ。それと、言葉遣いな」
つい窺うように見ると、朝倉くんと目が合う。
呼ばれているような気がして、わたしも鞄を手に取った。
先生に会釈して歩き出そうとしたものの、思い直してくるりと振り向く。
「ばいばい、先生」
彼は少し意外そうな表情を浮かべたあと、ふっと緩めた。
「日下も言葉遣いな。また明日」
何だか胸がいっぱいで、満たされて、つい顔が綻んでいく。
先生と別れて廊下を歩きながら、彼はどこか力を抜いたように息をつく。
「……よかった」
「え?」
「俺と来てくれたってことは一緒に帰れるよね」
いつもみたいな思わせぶりな態度だけれど、わたしをからかうための冗談で済ませる気はきっとない。
何となく流れでそうなったものの、いまさら断る理由もないし頷いておく。
くす、と意味ありげな笑みが返ってきた。
昇降口から出る間際、朝倉くんが「あ」と足を止める。
「ごめん、忘れものしちゃった。先行ってて」



