スイート×トキシック

     ◆



 放課後、教室から出たタイミングで十和に声がかけられた。

「朝倉」

「あ、なーに? 先生」

 顔を綻ばせつつ首を傾げるも、宇佐美は対照的に険しい表情をしていた。

「日下のこと……何か知らないか」

 ふいに十和の顔から笑みが消える。

 予想通りの問いかけではあったものの、どうしようもなく心がざわつく。

「……芽依ちゃんのこと?」

「ああ。日下が行方不明になった日の放課後、おまえと一緒にいたよな」

 それはそうだ。
 あのタイミングで彼に目撃されることは想定外だったが、あのとき芽依は既に薬を口にしていた。

 あとには引けなかった。
 あのチャンスを逃せば、もう機会は巡ってこなかっただろう。

 正直なところ、自信もあった。

 築き上げてきた“朝倉十和”という人物像からは、こんな行動をとるなんて誰も想像がつかないはずだ。

 それに、冷淡に見えて実のところ心優しい宇佐美には、自分を誘拐犯だと疑えるはずもない。

 十和自身が認めない限り、信じようとするはずだと高を括っていた。

「んー。確かに一緒にいたけど、学校出る前に別れちゃったんだよね」

「ふたりで帰ったんじゃないのか?」

「ううん、帰ってない。あ、何なら確かめてみてよ。校門前って防犯カメラあるんでしょ?」

 当然、そこには証拠など何も残していない。

 あの木の下は死角になっている上、カメラに音声を拾う機能は搭載(とうさい)されていないのだ。

 ────しばらく考え込むように口をつぐんでいた宇佐美は、ややあって重いため息をついた。

「……そうだな。日下は下校中に何かに巻き込まれたのかも」

 十和を疑っているというより、1週間近く経ってもなお手がかりのない芽依の失踪(しっそう)について、心を痛めているようだった。

 自分の受け持つクラスの生徒が突然消えたのだから、心配にならないはずもない。

「…………」

 十和は人知れず、したりげにほくそ笑んだ。
 すぐに眉を下げ、不安そうな表情を作ってみせる。

「芽依ちゃんが心配?」

「当たり前だろ。俺の生徒なんだぞ」

「……本当にそれだけ?」

 つい食い下がった。
 芽依が強く想う相手が彼であることは承知している。

 返答によっては今後の行動を考えなければならない、と慎重に待っていると、宇佐美は訝しげに見返した。

「それ以外に何かあるのか」

 ────それは、十和にとって完璧な答えだった。

 ふたりは“先生と生徒”という関係でしかなく、それ以上でも以下でもない。

 ほっとしたやら嬉しいやらで表情が緩んでしまいそうになるのをこらえ、神妙(しんみょう)な顔を保ち続けた。

「何でもないよ。……芽依ちゃん、無事だといいね」

「ああ……そうだな」