スイート×トキシック


 制服姿の彼は愛しむようにわたしの頬を撫でる。
 身体が強張る中、どうにか頷いて返す。

「行ってくるね?」

 けれど、十和くんはそれじゃ足りなかったのか意味ありげに繰り返した。
 何かを期待しているような眼差しに首を傾げる。

「“行ってらっしゃい”でしょ。憧れてたんだよ、俺。一緒に住むってなったら、そういうもんじゃん」

 寒気がした。
 一緒に住む、なんて響きのいいものじゃない。

 彼の中でこの状況は、異常でも何でもないのかもしれない。

「ねぇ、芽依ちゃんってば。聞いてるー?」

「……うん、行ってらっしゃい」

 色々なものをこらえて小さく告げた。

 二度と帰ってこないで、とまで言えたら、少しは気が晴れたかもしれない。
 あんな痛みを知ったあとではとても無理だけれど。

 ともあれ望み通りの言葉を受けた十和くんは、ぱぁっと嬉しそうに笑顔を咲かせる。

「うん、行ってきまーす。今日もいい子で待っててね」

 部屋のドアが閉まり、ほどなくして玄関ドアと鍵をかける音が小さく聞こえてきた。

「はぁ……」

 つい、重く深いため息をつく。
 ひとりになってもなかなか気が休まらない。

 思うように手足を伸ばせないことも、かなりストレスだった。

(外……どうなってるんだろう)

 構造という意味でもそうだけれど、いまは状況の方が気になっていた。

 わたしの失踪(しっそう)はニュースになったりしているのだろうか。
 きっと両親や友だちが心配してくれているはず。

(先生だって……)

 最後に会った放課後のことを思い出す。
 “また明日”────そう言ってくれたのに、その“明日”は来なかった。

 “明日”が昨日になって、おとといになって、夜が明けるごとに過去になっていく。

「わたし、いつまでここにいるんだろう……?」

 じわ、と涙が滲んだ。
 朝の白い光と溶け合い、視界が揺らめく。

 もう二度と、先生にも会えないのかな。

 そんなの嫌だ。絶対に。
 早くここから出ないと────これ以上、今日が過去に変わる前に。

 指先で涙を拭った。
 泣いて打ちひしがれている場合じゃない。

(何とかしなきゃ)

 だけど、もうあんな目に遭わされないように、もっと確実な方法で十和くんを出し抜かないといけない。

 ひとまず無駄な抵抗はやめて延命しながら、冷静に隙を窺うしかない。

(でも……わたし、何も知らない)

 十和くんのことも、この家のことも。

 逃げるためにも間取りを知りたいものだけれど、その点はやっぱり彼も警戒している。

 だからこそ、この部屋から出るときは目隠しで視界を奪われるか、直接の監視下に置かれる。

 膝で這うようにドアへ近づくと、取っ手を掴んで引いた。
 当然のように手応えがあり、鍵をかけられていると分かる。

「え?」

 だけど、おかしなものだ。

 内側であるはずのこちらから、施錠状態を示す赤色の表示が見えている。

 廊下側からしか施錠も解錠もできないみたい。