スイート×トキシック




 お風呂から上がると、脱衣所で素早く元の服を身につけた。

 いまのところ精神攻撃や身体的に過酷(かこく)な仕打ちはあっても、性的な暴力がないことが救いだった。

 触れられたりキスされたりはあるけれど、戻れない一線は越えずに守ってくれている。

 ────そこまで及んだら、きっともう耐えられない。

 十和くんは、わたしの気持ちを()んでくれているのだろうか。

 あるいは、わたしに“自死(じし)”という選択肢が残っていることを察しているのかもしれない。

「芽依ちゃーん、上がった?」

「あ、うん……!」

 突然ノックされて、泡が弾けるように思考が散っていく。
 タオルで髪を拭いつつ、かちりと解錠した。

「よかった、顔色よくなってる。すっきりした?」

「うん……。ありがとう」

「じゃあ来て。乾かしてあげるから」

 彼に手を引かれながら廊下に出た。

 部屋を出るときもそうだったけれど、もう目隠しを強要(きょうよう)する気はないみたい。

 ────監禁部屋へ戻るなり、手首に再び手錠をはめられた。
 足首も拘束し直され、大人しく床に座る。

 肩にかけていたタオルを手に取り、十和くんはわたしの髪を優しくかきまぜ始めた。

 特に何も言わずその手に(ゆだ)ねていると、背後から呟く声が聞こえてくる。

「何か素直になったね」

 反抗しても意味がないことを、嫌というほど思い知らされたからだ。

  時間はかかっても、こうして従っている方がよっぽど安全だし、脱出への近道なのだと思う。

「……そうかな」

「うん、いまの芽依ちゃんすごくかわいくて好き」

(それは単に自分の言うことを聞くから、でしょ)

 従順でいる方が身のためだ、という脅迫かもしれない。
 ────けれど。

「ありがとう」

 どうにか微笑んでみせた。
 ここではそれが、それだけが武器なのだと悟ったから。

 ドライヤーの音だけが響く中、十和くんの指先が頭に触れる。
 何もしないで座っている間は無心になれた。

(何か……不思議)

 こんな瞬間、これまで通りの日常を生きていたら絶対に訪れなかった。

 こんなふうにふたりきりの空間で、ふたりきりの時間を、彼と過ごすなんて思いもしなかった。

 あたたかい風が流れてシャンプーの香りが漂う。
 わたしのじゃない、知らないにおい。

 少しずつ、十和くんの色に染められていく。

「────よし、でーきた」

 ぱち、とややあってドライヤーの音が止んだ。
 こんなに静かだったかと戸惑うほど、穏やかな空気感。

 両手で頭を包み込まれたかと思うと、ふいに十和くんが近づく。
 すん、と鼻を寄せたのだと一拍遅れて気がついた。

「うん、俺とお揃いのにおい」