スイート×トキシック


(でも、諦めたくない)

 自分の命も、逃げ出すことも、もう一度先生に会うことも。
 そのために、もっとしたたかにならなくちゃ。

 ────ドアの向こうから足音が近づいてきた。

 渾身(こんしん)の力を込めて、重くだるい身体を起こすと床に座った。

 脚の傷が痛んだけれど、構わず正座する。
 ドアを開けた朝倉くんは意外そうに目を見張った。

「お? どうしたの」

「……ごめんなさい」

 ちゃり、と手錠が鳴る。
 床に手をつき、頭を下げた。

「んー……何の“ごめん”?」

 彼は興がるような口調で小首を傾げた。
 完全にわたしを弄んでいる。試している。

「あ、朝倉くんの気持ちを……分かろうとしなくて」

 震える声で答えた。
 不安で満たされた心に恐怖が巣食う。

 彼の望む言葉を口にしないと、与えられた機会が無駄になってしまう。

 込み上げた焦りに突き動かされた。
 弾かれたように彼に寄ると、(すが)って見上げる。

「本当にごめんなさい……! わたしが悪かったの。これからは言うことぜんぶ聞くから……。言う通りにするから!」

 懸命に言葉を紡ぐたび、わずかにでも動くたび、開いた傷から赤い血が散る。

「だから、ふたりで一緒に暮らそう……? と、十和(とわ)、くん」

 声が、両手が震えた。
 ぎこちないながら、精一杯笑ってみせた。

 わたしの揺れる双眸(そうぼう)の中に、ゆったりと頬を緩める彼が映った。
 満足気に微笑んで屈み込む。

「────やっと分かってくれたんだね」

 その手が伸びてきて思わず怯んだけれど、それはわたしの頭を優しく撫でるに留まった。

「嬉しいなぁ、芽依ちゃんがそう言ってくれて」

 怖くてたまらない。受け入れられるはずがない。
 それでも、その眼差しから目を逸らさないようにした。

 彼の求めるわたしを演じる。
 それだけが唯一、助かる道だと思うから。

 信用を得られれば、監視の目だって甘くなるかもしれない。
 そうすれば、脱出に一歩近づける。

「幸せになろうね、ふたりで。ずっと、永遠に」

 甘い言葉も笑顔も想いも、わたしを脅かす毒。
 それに(おか)される前に、絶対に生きてここから出てやるんだ。

(……思い通りになんてさせない)

 そう強く心に決めると、差し伸べられた手を取った。