「……分かった。しょうがないから待ってあげる」

 彼は案外聞き分けよく引き下がってくれた。
 腰に回されていた腕がほどかれる。

「お風呂湧いてるからいつでも入って」

「あ、うん。ありがとう」



 機嫌よさげに部屋から出ていく彼を見送ると、深々と息をついて布団に座り直した。

 ふと両手を見下ろす。
 意識によらず小さく震えていた。

 ぎゅう、と握り締める。

(十和くん、本当に殺人鬼だったんだ────)

 その認識がやっと理解として浸透し始める。

 実際に打ち明けられたわけではないものの、あんなふうに試された以上、疑惑は確信に変わった。

 彼だってそのつもりだっただろうから、わたしが気付いたことに気付いているはずだ。

(わたしも殺されるかな)

 これまで同じような手口で、誘拐と監禁の末に殺害していたのだとしたら。

 今度は間違いなくわたしの番だ。
 ここへ来た時点で逃れられない秒読みは始まっていた。

「でも、どういうことなんだろう……」

 あのとき立てた仮説────十和くんが誰彼構わず手にかけるような殺人鬼で、ときには好きな相手でさえそのターゲットになる、というもの。

 あれは正しかったのかな。
 それとも、そもそも彼は嘘をついていたのかな。

 彼がこれまで好きになったのは、初恋の彼女とわたしだけじゃなかったのかも。

 好きになった人を心の底から想って、自分だけのものにしようとして、愛して、愛し尽くしては殺してきたのかもしれない。

 誰かに奪われるくらいなら自分の手で終わらせたかった、とか。

 こんなに愛しているのだから相手も本望だろう、と正当化したりして。

 彼は独占欲と支配欲、嫉妬心が強いから。
 純粋な恋心や愛情と“殺意”は、彼の中では表裏(ひょうり)一体なのかもしれない。
 
 こうなった以上、初恋の彼女だって生きているかどうか分からない。

(どうして、最後には殺してしまうんだろう?)

 ……うまくいかなかったのかな。

 誘拐して閉じ込めたはいいけれど、想いが伝わらなかった。
 そのことに怒ったり絶望したりして手にかけた?

『でも、芽依ちゃんが悪いんだよ? 俺の気持ち全然分かってくれないから』

 確かに最初の頃、彼はそう言ってわたしの首を絞めた。
 危うく(、、、)殺されるところだった。

 いびつな愛情ゆえに殺したわけではなく、受け入れて貰えないことに逆上した……?

 そうやって、衝動が理性を超えた結果なのかもしれない。



 わたしは立ち上がり、クローゼットを開けた。
 そこに並ぶ服たちがいっそう凄然(せいぜん)として見える。

 これらはコレクションか何かのつもりなのだろうか。

 彼女たちはみんな被害者だ。
 十和くんの独りよがりで凶暴な恋心の犠牲になった。

(もしかしたら……)