彼についてダイニングへ入ると、テーブルの上にオムレツとビーフシチューが並んでいた。
 いいにおいがする。

 しかし、つい警戒を深めてしまう。
 頭の中を、あの袋の中身がちらついて。

(毒とか……入ってないよね?)

 十和くんの真意は読めない。
 わたし自身、本気で彼を疑っているのかどうかも分からない。

 ただ目先のあらゆることが刺激となって、わたしの心を揺さぶるのだ。

 一度恐怖にとらわれると、神経質になってしまう。
 何もかもが怪しくて、何も信じられなくなる。

「……どうかしたの? 顔色悪いみたいだけど」

「え」

「もしかして苦手だった?」

 卓上を一瞥(いちべつ)し、困ったように(うなじ)をかく十和くん。

 やっぱりいつも通りの雰囲気だ。
 不穏な気配は微塵(みじん)もない。

 当たり前かもしれないけれど、わたしを害する意図も感じられなかった。

「そんなことないよ! ただ、ちょっとぼーっとしちゃっただけ」

 苦く笑って誤魔化しておく。
 十和くんは心配そうに眉を下げる。

「そっか、よかった。でも大丈夫? 熱とかあったら────」

「……っ」

 額に触れようとした彼の手を、咄嗟に後ずさって避けてしまった。

 はっと我に返って窺うように見上げれば、十和くんは驚いたように目を見張っていた。
 まずい、と思った。

「ご、ごめん。今、何か目眩(めまい)が……」

 慌てて嘘をつく。

 どうせ、わたしの様子がおかしいことは誤魔化しきれない。
 体調が悪いからだと思えば納得してくれるなら、そう振る舞っておこう。

「ほんとに大丈夫なの? 歩ける? 布団まで運ぼっか」

「ううん、もう平気。ごめんね」

「ご飯、食べられそう?」

 すぐに頷けなかったのは、作為的なものを感じたからかもしれない。

 純粋に心配してくれているだけ?
 それとも、無理にでも食べさせたい理由がある?

 ちら、と美味しそうに香り立つ料理を見やった。

 皿は別々でそれぞれの分が用意してある。
 これなら何かを仕込むのも簡単だ。

(だから“手伝わなくていい”って?)

 考え過ぎだろうか。
 疑心暗鬼に(おちい)って、わたしの心は内へ内へ閉じこもろうとしていた。

 彼を信じようという覚悟は、あのたった一瞬で簡単に揺らいでしまっていた。