「あ、ああ……。頼む」
「うん! じゃあまたね」
やや気圧されながら頷くと、にこやかに見送られた。
ばたん、と目の前でドアが閉まる。
兄としては情けないものの、この件に関しては十和を信じて頼るほかない。
◇
放課後になると、校舎内の空気が一気に緩んだ。
はつらつと部活に向かったり帰路についたりする生徒たちの間を縫って廊下を歩いていく。
「はぁ……」
深々とため息をついてしまう。
ストーカーはいまこの瞬間も、俺を見ているのだろうか。
常にそんな思考が湧いて、どこにいても気を抜けなくなった。
精神的にかなり参ってしまい、神経が摩耗する。
「宇佐美先生、さよならー」
「……ああ、気をつけて」
生徒たちに返す声も表情も硬くなる。
目の前にいる生徒こそがストーカー本人かもしれないのだ。
(先生失格だな……)
生徒を信じられなくなったら終わりだろうに。
不甲斐なさと不安とがせめぎ合っていた。
何気なく吹き抜けから階下を見下ろしたとき、十和の姿があった。
誰かと楽しげに話し込んでいる。
(あれは……日下か)
周囲の喧騒に溶けて、会話までは聞こえない。
しかし、かなり仲睦まじいように見える。
(いつの間に……)
まったく気づかなかった。
ここのところ十和の態度が妙だったのは、恋煩いだったのだろうか。
何となく微笑ましくなり、久しぶりに心安らいだ気がする。
────それからというもの、十和が日下に構う姿をよく目にするようになった。
(うまくいくといいな)
そのたびに俺は、密かにそんなことを願っていた。
◇
日下が行方不明になった。
何かに悩んだり家庭に問題を抱えたりしている素振りはなかったため、家出ではなく何らかの事件に巻き込まれたのではないかと思えてならない。
『ばいばい、先生』
最後に見たときも何ら変わった様子はなかったのに、友人たちに続いて彼女までもが消息を絶ってしまった。
いずれも切迫した状況に置かれている可能性を無視できなくなってきた。
俺でさえこれほど心落ち着かないのに、突如として好きな子が失踪するというとんでもない事態に見舞われた十和は、いったいどれほど不安だろう。
────チャイムが鳴る。
朝のホームルームの時間だ。
日下の安否と十和の心情を案じながら教室へ入った。
「欠席している日下だが、昨日から自宅に帰ってないそうだ。いまも連絡がつかない」
挨拶もそこそこに本題を切り出すと、途端に教室内がざわめき出す。



