『芽依には俺しかいないんだから』
……そうだ、わたしには十和くんしかいない。
わたしを理解してくれるのも、受け入れてくれるのも、ここまで大切に想ってくれるのも。
彼の心を失ったら、わたしの存在価値だってなくなってしまう。
ここにもいられなくなる。
「芽依」
彼は窺うようにわたしの双眸を覗き込んだ。
「何かあったの?」
もう一度「何でもない」と言おうと思って口を開いたのに、別の言葉がこぼれる。
「……怖い夢を見たの」
「あぁ、今朝苦しそうだったもんね。どんな夢だったの?」
こてん、といつもみたいに首を傾げた彼に、何だかほっとしながら答える。
「よく分かんないんだけど、先生が出てきた」
十和くんの眉がぴくりと動いた。
その顔がどこか不満そうにしかめられる。
「十和くんも出てきて、わたしを……助けてくれた」
「俺、が?」
自分の名が出たことに驚いたようだった。
表情に宿っていた不機嫌さが、ふっと抜ける。
「何から助けたの?」
そう聞かれると、何から助けてくれたんだろう。
そもそも本当に助けられたのかどうかもよく分からないが、何となくそういう印象を受けた。
(先生から……?)
ワンピースの彼女が示したように、彼が危険人物だと言うのならそうなのかも。
少なくともあの夢はわたしの想像じゃない。
だって、あの段階では先生を悪者だなんて思うはずもないから。
……今となっては分からないけれど。
「何だろ、分かんない」
「もー、何それ。曖昧だなぁ」
苦笑したわたしに十和くんも笑った。
……よかった、機嫌は直ったみたい。
想像以上に彼は独占欲が強くて嫉妬深い。
彼以外の人の話を、不用意に持ち出すべきじゃない。
十和くんならあの彼女や先生の謎について知っているかもしれないが、この様子では余計に聞けそうもない。
(もう気にするべきじゃないよね)
信じる、と決めたのなら。
「でも大丈夫だよ、芽依。どれだけ怖くてもただの夢なんだから」
にこっと笑いかけてくれる。
「何回でも俺が助けてあげる。幽霊からでも、殺人鬼からでも」
……ああ、そっか。
“殺人鬼”。
その単語を聞いて、手に持ったワンピースの存在を強く意識した。
────彼女、きっと先生に殺されたんだ。
だから彼から“逃げて”と言った。
殺人鬼は先生だったんだ。
十和くんじゃない。十和くんは人殺しなんかじゃない。
もしそうなら、あの子は先生じゃなくて十和くんを指すはずだから。
(もしかして守ってくれようとしたの……?)
先生の殺意がわたしに向いていることに気が付いたから、攫って閉じ込めたのかもしれない。
わたしを隠して、手出し出来ないように。