けれど、きっと宇佐美は気づかない。
気づいたとして、自分を疑うことなんてできないだろう。
「……そういえば、おまえまた俺の車使っただろ」
「えっ」
思わぬ言葉に心臓が跳ねた。
確かに無断で使ったが、それはもうひと月近く前のことだ。
「無免許運転は犯罪だぞ。俺が何でも甘やかすと思うなよ。いつでも庇えるわけじゃない」
「うわー……何で分かったの?」
使ったのは一瞬だったし、車も元に戻したのに、どうして分かったのだろう。
「苺ミルクのペットボトル。後部座席の足元に転がってた」
十和は一瞬呼吸を忘れた。
それは間違いなく、芽依に渡した睡眠薬入りのものだ。
うっかりしていた。回収することをすっかり失念していた。
「……飲んだの?」
「いや、捨てた。あのときも言っただろ、甘いのは苦手だって」
「はは、そうだったね。ていうか、それは昔からだし知ってるよ」
探られているのだろうか。
余裕ぶってみるものの、声が硬くなった。
平気だ、と思い直す。
何だかんだで甘い彼に、自分を本気で疑うことはできない。
「まったく……」
「ごめんごめん。もう迷惑かけないから許してよ、颯真」
「何が“颯真”だ。弟のくせに生意気だな」
────自分たちの関係を忘れたわけではなかった。
彼にとっての自分が何なのかも知っている。
けれど、ふいに突きつけられた現実に、さすがに心を挫かれそうになる。
「……そうだね。ごめん、兄貴」
十和は儚げに笑った。
この痛みは何度味わっても慣れない。
「あ、宇佐美先生!」
そのとき、ひとりの女子生徒が教室に飛び込んできた。
「今日の授業で分かんないところがあって……」
ノートを広げて宇佐美と距離を詰める彼女の、浮ついた態度とほんのり色づいた頬を見て、十和はいち早く察した。
ひっそりと目を細める。
────次は、彼女だ。



