スイート×トキシック


 刺されたところから、どくどくと血があふれ出てきてラグに染み込んだ。

 彼はまた罪を重ねる。
 わたしは十和くんに殺される。

 それなのに、彼のすべてが愛しい。
 たとえ偽物だったとしても、この奇妙な生活は確かに幸せだった。そう思わせてくれた。

 (かす)んだ視界に彼を捉えながら、わたしは自然と微笑んでいた。

(十和くん……)

 これは、甘やかな毒に(おか)されてしまったわたしの負け。

『俺はただ、好きな人を幸せにしてあげたいだけだよ。そのためだったら何でもする』

 その言葉はわたしではなく、本当は先生に向けたものだったのだろう。

 だけど、わたしも同じ。
 彼の幸せのためなら何も怖くない────死ぬことさえ。

(それでも……)

 わたしのこの感情は、愛とはちがっていたのかな。

 彼が花瓶から花束を引き抜いたのがぼんやりと見えた。
 血まみれのわたしの胸元にそっと置く。

「さよなら、芽依」

 再び包丁を振りかざした十和くんを、虚ろな瞳で捉える。

 最期の瞬間に目にした表情は、どこか切なくて苦しげだった。



     ◆



 ────季節はすっかり梅雨になっていた。

 窓の外はどんよりと薄暗く、いまにも雨が降り出しそうな気配がある。

 放課後の教室にひとり残っていた十和に気がつくと、宇佐美はそっと足を向けた。

「朝倉」

 どこか物憂げに遠くを眺めていた彼が、ぱっと弾かれたように顔を上げる。

「なにー? ふたりなんだし、十和って呼んでよ」

 屈託(くったく)のない笑顔は幼い頃から変わらず、無邪気そのものだった。

 宇佐美は取り合うことなく、神妙(しんみょう)面持(おもも)ちで切り出す。

「日下のことだが……」

 捜索の規模はどんどん縮小している。
 あと1か月もすれば打ち切られるかもしれない。

「あー、まだ見つからないんでしょ。心配だよね」

 眉を下げながら目を伏せる。

「……さすがにもう、殺されてるんじゃないのかな」

 思わずそう言ったあと、はっと失言に気がついた。
 死んでいる、ではなく、殺されている、と言ったのは完全に無意識だった。