「俺だっていじめたいわけじゃないしさ、大人しく信じてくれてもよくない? ねぇ、芽依ちゃん。俺はきみの一番の理解者なんだよ」
恍惚とした眼差しを目の当たりにして、恐怖より思わず呆れてしまう。
非難じみた視線を突き返した。
「なに言ってるの……? こんなことまでしたくせに、信じられるはずない」
彼は、だけど少しも怯んだり悪びれたりすることなく、ゆったりと微笑んでいる。
「ううん。いまに見てなよ、俺なしじゃ生きていけないって分かるから」
「ばか言わないで!」
「どうかな。ま、とりあえず疑い深い芽依ちゃんにもう一度教えてあげる。これには毒も薬も何も入ってないよ」
朝倉くんはビニール袋を示して言った。
悔しいけれど、信じた方が確かに楽だ。
そうじゃないと、まともに食事をとることも、眠りにつくこともできない。
そんな最低限の生命線すら彼に左右されている。
「さて、それじゃお手洗い行っとこっか。俺がいない間、きみはここから一歩も動けないからね」
ぱちん、とはさみで結束バンドが断ち切られた。
唇を噛み締める。
ここではあまりに無力だと、改めて思い知らされた。
「……朝倉くん、学校行くの?」
お手洗いから部屋へと戻る途中、目隠しをされたまま廊下を歩きながら、はたと口をついた。
見えないけれど、前を歩く彼が振り向いた気配があった。
「うん。なに、寂しい?」
「そんなわけないでしょ。ちょっと、意外だっただけ」
というか、驚いた。
わたしを監禁しておきながら、何食わぬ顔でいつも通り登校しようとしている事実に。
それほど余裕に満ちているのだろうか。
バレない自信がある?
それとも、わたしに逃げ出されない自信?
(でも、確かに……)
考えてみればそれほど不自然な判断でもないように思えてきた。
わたしが“誘拐”という異常な形で姿を消したことが明るみに出て、朝倉くんまで学校に行かなくなったら、関連を疑われてもおかしくない。
だからこそ彼はあくまで普段通りを装い、それを貫くつもりでいるんだ。
(……好都合だ)
彼が家を空けるなら、脱出のチャンスが増える。
そう思ったとき、ふいに首筋にひんやりと冷たい何かが触れた。
「芽依ちゃん、分かってるよね」
低めた声のお陰で察しがつく。
首にあてがわれているのは、結束バンドを断ち切ったはさみの刃だ。
ぞく、と背筋が冷えた。
「面倒なことしないでね。俺から逃げられるわけがないんだからさ」
彼への嫌悪感や抵抗感の陰に潜んでいた恐怖心が蘇って、すぐに心が折れてしまった。
どうしてこうも考えていることが筒抜けなんだろう。



