梓睿(ズールイ)いい加減にしないか! この娘は危険も省みず、しかも損得すら考えずに俺を助けたんだぞ」

「……申し訳ございません」

「まだ名前を聞いていなかったね」

「……翠蘭(スイラン)です」

「君の髪と瞳の色にぴったりの美しい名前だ。翠蘭、俺に力を貸してほしいことがあるんだ」

「謹んでお断りいたします」

「そうは言わずに、まず話を聞いて欲しい」


 私はため息を付きながら春蕾を見た。白く長い指に、ややか細い腕。

 私よりも春蕾は華奢であり、どこからどう見ても女性にしか見えない。これで男性……しかも皇帝なのよね。全然そんな風には見えない。

 確か前帝が病気にて急逝されて、弟だった春蕾がそのまま今帝になるしかなかった。

 なんかこう見ると、皇帝の器じゃないっていうか皇帝って人とイメージがかけ離れているわね。


「俺を助けてくれ、翠蘭」


 瞳を潤ませながら、春蕾は真っすぐに私を見た。

 ううう。ある意味卑怯ね。私の性格をさっき知って、断れないと思っているからこんな作戦に出るんでしょう。でもいくら私でもそこまでは優しくないのよ。


「そんな手には引っかからないんですから」

「頼む……この伏魔殿のような中では、中の人間など誰も信じられない。俺には君の助けが必要なんだ」

「……」

「頼む……助けてくれ」


 その瞳も声も、私には悲痛な叫びに思えた。

 それほどまでに……見ず知らずの私に縋りつきたくなるほどの苦しみ。

 私の胸のどこかが小さく痛む。彼の瞳は昔見たことがある。そう……私が捨てた過去に。

 だからこそ、彼を助けることがなにを意味するのか。どんな結果になるのか。分かってはいても、どうすることも出来ない自分がいた。


「分かりました」

「ありがとう翠蘭」


 喜びながら私を抱きしめた春蕾からは、百合の花の匂いがした。


「君が引き受けてくれて嬉しいよ。俺の妃となってこの後宮を制圧してくれ」
 
「「は?」」


 思わず宦官と私の声が重なる。

 今春蕾はなんて言った? いや、助けるなんて簡単に返事はしちゃったけどさぁ。それにしても妃ってなに、妃って。そういうのはビジネスライクでなれるものでもないのよ。


「むーーーーりーーーーー」


 叫ぶ私を無視し、春蕾は誰よりも狡猾そうな笑みを浮かべた。

 騙された。失敗した。そんなことを思うのにさほど時間はかからなかった――