「ねえ、私のチームの子達に手を出して、ただですむと思ってるの?そうなら、とんだお気楽脳だね?」
 満月の夜は悪魔の声が、死神の声が聞こえるという噂がある。
 『夜桜』に手を出す者は、決まって必ず雲に見え隠れしようとも、雨が降っていようが、満月の夜に制裁を受ける。
 今夜、その制裁を受けるのは、『雷音』(ライオン)というグループである。
「私の仲間に手を出したこと、後悔させてあげる」
 ニヤリと笑うその笑みは、月明かりに照らされて妖艶に見える。
 彼女の底知れない悪意も、善意も、この世界は綺麗に魅せる。
「さあ、楽しい宴を始めましょう?」
 彼女の鶴の一声のような言葉で、時が止まっていたかのような、そんな状況が一気に変わった。荒れ狂うメンバーを上から眺めるその少女こそ、日本一の不良グループと謳われる『夜桜』現、初代総長、宮園有栖。
 彼女はこの不良の世で、『桜のアリス』と呼ばれている。

「トップは誰?その人には、私が直々に倒す」
 その言葉を聞いた雷音の総長、瀬尾修(せおおさむ)は恐れで、顔をこわばらせた。
 しかし、どこか余裕そうな笑みを浮かべている。
 その理由は、彼の元にまだ有栖がたどりついていないからだ。
 有栖の目の前にいるのは、雷音のNo.3、久留間圭史(くるまけいし)である。
 けれど、そんなことは有栖には関係なかった。
 自分が安全地帯にいると勘違いをしている修にわからせるために、彼女はわざと今の状況を選んだ。
 主導権を自分が握っているとわからせるために。
「ひ、ひぃ……っ!ゆ、許してくれっ!も、もう二度と、アンタのチームに手は出さない!!約束する!だから頼む!今回だけ、今回だけは、見過ごしてくれぇ!!」
 圭史はただただ逃げ腰でなんとか自分だけでも助かろうと彼女から全力で距離を取ろうとする。
圭史は身体の震えが止まらない。
圧倒的強者を目の前にすると、人はただ命乞いをすることしかできない。
「何言ってるの?君も、同じことをしたんでしょ?」
その言葉に、圭史はドキりとした。
「君たちもこうやって、命乞いをした子達を問答無用で傷つけたんでしょ?お願いって、何度も懇願されたのに、君たちはそれを嘲笑って、苦しめ続けたんでしょ?」
 なら、仕方がないんじゃないの?といって、有栖は圭史を殴った。気絶をしてしまうかもしれない、痛々しいパンチ。
「私のチームには、必ず守らなきゃいけないルールがあるの。
一つ、仲間内での裏切り、争いをしない。
二つ、堅気、女性、子供に手を出さない。
三つ、意味のない争いはしない。
四つ、自分から手を出してはいけない。
五つ、自分の力やチームの力に驕らない。」  
 有栖がルールを述べている間、圭史はなんとか逃げようと、動かない体に鞭を叩くようにズリズリと地面に這いつくばり、脱出を試みる。
「だから、最初に君が言った、私たちから吹っかけてきたなんて、絶対に有り得ないの」
 そして、彼の顔の横ギリギリを思い切り踏みつける。
「うわぁ!!」
 あまりの驚きに声をあげる。
((化け物だっ!))
 修と圭史は同時に思った。そうとしか、今の彼女い言い表す方法がなかった。
 がしかし、修はまだ彼女に負けていないと思った。まだ、修には奥の手があった。No.3を先に出しておいたのも、相手を油断させるため。
 No.3で勝てないのならば、単にそれよりも強い手札を出せばいい。
 そして、下っ端たちの戦いが終われば、援護がこちらに回ってくる。時間が経てば立つほどに不利になっていくのは、有栖たちの方だ、そう思って疑わなかった。
 実際のところ、夜桜は成立してからしばらく時間が経つというのに、ここらの不良の中では一番人数が少なかった。
 対する雷音は、ここらで最も人数が多いグループだと言われている。
「何に勝率を感じたかは聞かないけど、私のチームは、量より質なの」
 最初、有栖が何を言っているか修は理解できなかった。
 けれど、一瞬にしてその意味を理解することができた。
 先程まで、あんなにも騒がしかったはずの周囲が、完全に鎮まり、修たちの方を見ている。
そして、見ている者たちは皆、夜桜のメンバー。
「残念、私たちの勝ちだよ」
 そう言って、隊服についているマントをハラリとはためかせ、次の瞬間、
「ぐっ!」
 有栖の蹴りが綺麗に修の顔に入った。
 少し距離があったというのに、それを感じさせないほど俊敏な動きであった。
 そして、修の脳はそれを瞬時に理解することができなかった。
「っ!おいっ!叶!」
 叶、と呼ばれた二人の少年たちが前へ出てくる。
 色素の薄い蛍光色のパーカーを身に纏い、フードを深く被っているので、顔がよく見えない。
「「いかがされましたでしょうか?」」
 自分のチームの総長がやられているのに、彼らはどこまでも平然としていた。
「コイツらを全員ぶっ倒せ!お前らならできるだろ⁉︎さっさとしろ‼︎」
 まるで、モノに命令しているようであった。
「「かしこまりました」」
 いうが早いか、彼らは持ち前の小さな身長で俊敏に動く。