北九州大、九州工大、九州歯科大、福岡教育大、福岡県立大、福岡女子大、九州大……


「女子大ははずして、九大でもなさそうですね」


乙羽が息子の大学名を口にしないということは、旧帝大の九大ではないだろうと明日香は考え、五月もそう思っている。


「でも、たすかった……彼は国公立大だから、五教科まんべんなく勉強しているから、中学生は楽勝で教えられるでしょう」


「今日はふたりに任せて、五月さんは休んでください」


「そうさせてもらうね。有栖川大樹君、これからも来てくれないかな」


「社宅まで自転車で来られる距離だから、大丈夫じゃないですか?」


「そうよね」


ひそひそ話のふたりの耳に、やんちゃな小学生の声が聞こえてきた。


「早水先生はトウダイだよ。有栖川先生は、フクダイ?」


あわてた早水大輝が 「ちがうよ、僕は東大じゃないよ」 と懸命に否定するが、子どもたちは 「トウダイ、トウダイ、トウダイ」 と連呼しはじめた。


「早水君は東大か、すごいね。僕は二浪して地方大学だ」


早水大輝をうらやむ顔ではなかったが、有栖川大樹の沈んだ顔は乙羽そっくりで、悲哀を漂わせている。

「トウダイ」 と連呼していた子どものひとりが大樹に問いかけた。


「ローニンってなに?」


「大学に落ちて、勉強しなおすことだよ」


「へーそーなんだ。落ちたからフクダイに行ったの?」


子どもの言葉は容赦がない、弱った心を平気で傷つける。

だめでしょう、そんなこといわないの! と言おうとしたが、有栖川大樹を憐れんでいるようで明日香は言葉を飲み込んだ。

五月は怒る気力もなさそうだ。


「フクダイ? あぁ、福岡の大学だからフクダイか。じゃぁ、九州の大学は全部キュウダイだね」


「いえ、キュウダイと呼ばれるのは九州大学だけですね」





早川大輝の 「キュウダイ」 に子どもたちが反応した。





「キュウダイ、キュウダイ、キュダイ」


ひとりが言い出して、みなが復唱する。

あっというまに 『キュウダイ』 の大合唱になった。


「あはは、なんだか嬉しいな。僕の大学をみんな知ってるんだ」


えっ、と声をあげたのは明日香だけではない。

五月も早水大輝も、そして子どもたちも一斉に驚いた。

中学生の女の子が、大樹におそるおそる尋ねた。


「有栖川先生は九州大学ですか」


「うん、そうだよ。ここから近いよね。僕がいる寮も見えるよ」


「すげー、すげー、すげー、有栖川先生、キューダイ、すげー」


それから大騒ぎである。

「すげー」 の大合唱に学習会どころではなくなった。


「うるさい! 静かにしなさい!!」


会議室の入り口で叫んだのは美浜だった。

さすが美浜さん、やるじゃない。

と感心する明日香の目は美浜の後ろの人々をとらえた。

小泉、早水、川森、三人の棟長と乙羽がそろって立っていた。