「明日の当番、俺も出るから。会社で聞いたら、課長たちも当番で立つらしいよ」


「鈴木さんのご主人も、夜勤明けだけど出るんだって。みなさん、自治会活動も熱心だね」


「課長が出るのに、部下が出ないわけにはいかないだろう。会社でも社宅でも上下関係は無視できないってことだよ」


名古屋の社宅は、すべてにおいてゆるやかだった。

ゴミステーションの掃除当番はあったが、資源ゴミは個々の責任でゴミステーションに持っていくだけで、監視する人はいなかった。

社宅の妻たちの噂話をしたり、子どもの学校の偏差値が話題になることもなく、平穏な半年だったと、ほんの一ヵ月前までいた住まいが懐かしい。

もっとも、前の社宅の住人は 『梅ケ谷社宅』 の三分の一以下、全国転勤の社員がほとんどで、みな二年から三年で転勤していくので面倒な慣例もなかった。

ここは社宅の規模も大きく長く住んでいる人もそれなりにいる、面倒なこともたくさんありそうだが、うまく付き合っていくしかない。


「明日の当番、6時前に広場に集合だって。グリさんも早起きしてね」


「うん。明日の朝は早めに準備したいから、5時過ぎに起こして」


「わかった。課長より遅れていくわけにいかないもんね」


「そうそう。社宅の新人だし、一番に行くつもりだから」


さすが運動部出身、気合が違うねと亜久里をおだてながら、明日香は食器を手早く片付けた。

ふたりは明日に備えて早めに就寝した。

美浜の言ったことは本当だった。

家庭訪問の翌日には、小泉棟長が担任の教師に土産を持たせた話は社宅中に知れ渡っていた。

資源ゴミを出しにやってきて母親たちに囲まれた小泉棟長は、「渡そうとしたけれど、先生は受け取らなかった」 と言い張った。

しかし、今回ばかりは証拠の動画があったため言い訳の効果は薄く、そんなやり取りの最中に管理人の溝口がやってきて、


「小泉さん、これ、先生から預かってました。昨日、お宅にうかがったらお留守だったので」 


管理室の冷蔵庫に入れておきましたと言いながら、『三陸の味』 と書かれた土産物の袋を小泉棟長に渡したため、「先生は受け取らなかった」 の言い分はウソと知れた。

それでも、


「渡したけれど、渡していないのも同じ。先生が返したんだから問題ないでしょう。

渡した私が悪いんだったら、受け取った先生にも責任があるんじゃない? 一方だけ責めるのはおかしい。そうでしょう」 


小泉棟長は自分を正当化するために反論したが、誰も取り合わない。


「都合のいいルールですね。お勉強させていただきます」


どこかのドラマの決め台詞をまねた美浜の一言に、周囲から笑いが漏れた。

その日をさかいに小泉棟長は勢いを失い、発言力は低下した。