五十鈴を見送り階下の玄関ドアが閉まる音を確認すると、「ここは下に聞こえるから」 とささやいた美浜は、明日香を自宅の玄関内に招き入れた。
「明日、ゴミ当番をしながら五十鈴ちゃんがみんなにしゃべるだろうから、グッチ小泉が先生に三大珍味を渡したって噂は、すぐに広まるでしょうね」
「みなさん、信じるかな。だって声だけですよ。美浜さんも声だけではわからないって、さっき」
「あぁ、あれはね、あそこで、そうだね、小泉さんは先生にお土産を渡してるね、なんて私が言ったら、美浜さんも言ってたよ、って言われちゃうからさ」
美浜も五十鈴と同じ考えだと言いふらされるのを避けるために、あえて 「声だけではわからない」 と言ったのだ。
美浜は小泉棟長宅から出てきた教師を追いかけて、「保護者へ返したいものは管理人さんに渡すように」 と伝えている。
録音された会話からも、教師は土産を受け取りたくない様子がうかがえた、おそらく 「三大珍味」 は管理人の溝口に託しただろう。
一度は受け取ったが返品したのだから、受け取っていないのも同じである、教師が責められることはない。
しかし、小泉棟長が教師へ無理に土産を持たせたことは録音からわかる。
五十鈴のおしゃべりから、小泉棟長の違反行動が噂になればよいと美浜は考えたのだ。
美浜の賢い対応に、明日香は思わず手をたたいた。
「明日香ちゃんも五十鈴ちゃんには気をつけた方がいいよ。明日香さんも言ってたよ、って言われたくないでしょう?」
「言われたくないです。気をつけます」
「彼女、悪い人じゃないんだけど、知ってることを誰かに話したくて仕方ないっていうか、黙っていられないの。
でも、今度だけは、そんな五十鈴ちゃんに期待してるんだけどね」
小泉棟長の噂が社宅内に広がることを期待している、ということだ。
「五十鈴さんも、ゴミ当番をしながら動画を見せるより、メールでみなさんに一斉送信したほうが早いと思うんですけど」
「うん、そうなんだけど」
五十鈴ちゃんは一斉送信するより誰かに話したいのよ、根っからのおしゃべりだからさ、と美浜はおおらかに笑っている。
プラスチックゴミの分別を聞いて部屋に戻った明日香は、噂話はこうして広まるのかと複雑な思いになった。
言葉や行動にはくれぐれも注意しよう、鈴木五十鈴の前では特に……と肝に銘じた。
その夜……
「二階の鈴木さん、知ってる?」
「うん、現場のチーフだから、取引先の細かい注文とか聞いてもらってる。世話になってるよ」
「奥さんの顔、わかる?」
「うん、挨拶するくらいだけど、鈴木さんがどうかした?」
遅い夕食をとる夫の亜久里へ、家庭訪問のこと、さきほどの玄関前での五十鈴との会話を語った。
亜久里は食べながらうなずいているが、どこまで明日香の話を真剣に聞いているのかわからない。
社宅の妻たちの思惑など興味はないが、妻の愚痴は聞くだけ聞こうという姿勢だろうか。