紅茶には五月お手製のスコーンが添えられ、優雅な午後はおしゃべりで過ぎていく。

個性派ぞろいの棟長たちの話題で盛り上がり、唯一ニックネームが決まらない川森棟長については、『クール川森』 『スマート川森』 『キョンキョン川森』 などの案が出たが、


「川森さんは、川森さんでいいんじゃない?」 


美浜に言われて、明日香と五月が妙に納得していると、「まだ社宅のみんなには内緒なんだけど、実はね……」 と、美浜が打ち明け話をはじめた。


「うちね、家を建てるの。決まったばかりで設計とかこれからなんだけど、五月さん、インテリアとか相談に乗ってもらえないかな。明日香さんの意見も聞かせて」


「おうちを建てるんですか? わぁ、楽しみですね。私で良ければ手伝いします」


「えーっ、美浜さん、引っ越しちゃうんですか!」


落ち着いた声の五月の横で、明日香は悲鳴をあげた。


「うん、念願のマイホーム。いま、設計士さんと毎晩打ち合わせ。家ができたら遊びに来てね」


「行きます、絶対行きます。えーっ、でも、引っ越すんですね……」


完成は半年以上先だから、しばらくここにいるわよと美浜に慰められたが、明日香の気持ちはしぼんだまま。

せっかく仲良しになったのに、お姉さんみたいに頼りにしてたのにと思うと、マイホームの完成を楽しみにしている美浜と一緒に喜べない。


「それから、もうひとつお願いなんだけど。うちの上の息子、英語が苦手で困ってるの。五月さん、勉強を見てもらえないかな。

いまは小学校から英語があるんだけど、私も旦那も英語は苦手だったから上手く教えられなくて、できたら下の子も見てもらえると助かるんだけど」


もちろんお月謝は払うのでと、五月を仰ぎ見ながら美浜は手を合わせた。

長男が中学一年の最初のテストで平均点以下の点数だった、塾に行かせようか、通信教育をはじめようかと考えていたとき、明日香から五月が英語が得意と聞いた。


「いいですよ。もちろんボランティアで。その代わり、というか、社宅のこと、いろいろ教えてください」


「えっ、いいの? 良かったぁ。あっ、でも月謝はちゃんと払うね。社宅のことは、うん、何でも聞いて、13年も住んでるからたいがいのことはわかるから」


美浜と五月で勉強会の打ち合わせがはじまり、手持ち無沙汰の明日香は、気を紛らわせるように立ち上がり外に目を向けた。

五月の部屋は二号棟 『早見棟』 の二階にあり、ここから、明日香や美浜が住む三号棟 『川崎棟』 の階段と踊り場が見える。

見覚えのあるバッグを持った人が、真正面の階の玄関前に立っていた。


「あっ、グッチ小泉さんだ。あそこは鈴木さんの部屋だったと思うけど」


「あぁ、今日は家庭訪問だから、先生を迎えに行ったんでしょう」


今週は小学校の家庭訪問があり、社宅はわかりにくいので、次の訪問先の人が先生を迎えに行くことになっているのだと美浜は説明した。