全ての恋はシステマティックなのかもしれない。

 だって、恋なんて、結局はどうやって、お互いに惹かれて、お互いのことを理解して、そして、そのまま二人で過ごすのか、それとも、お別れしましょうって、なるのか。
 その程度のことだ。

 その中で、思い出というたくさんの重石をエメラルドとか、サファイアとか、ダイヤモンドとか、そういうメジャーな宝石を紐でくくりつけて、それを心の奥にあるハートにぶら下げる。

 別れたら、その宝石は意識的に切り落としていく。
 バツっ。バツっ。ってハサミで紐を切っていくことで、その人の思い出を忘れていくんだと思う。

 だけど、中には切りたくても無意識が邪魔をして切れない思い出があり、それはきっと、その恋が終わって、何十年経っても、一定の重さを心に与えたまま、自分が死ぬまで一定の質量を与え続けるのかもしれない。

 それを思い出すたびに、つらいのか、それとも青かった切なくて、甘酸っぱい、いい思い出になるのかは人それぞれだと思うけど、多かれ少なかれ、失恋を経験した人は、心にブラ下がったままのカラフルで時折、差し込む光を重厚感ある反射をする、エメラルドとか、サファイアとか、ダイヤモンドとか、そういうのを、カフェで一人、ぼんやりとコーヒーを飲んでいるときに、ふと、思い出すのかもしれない。

 つまり、私が言いたいことは、恋は全てシステマティックになっていて、大きな恋も、小さな恋も、すべて、その人の人生に影響を与え続けるということだ。
 さらに、私が言いたいのは、それは人類が無自覚だけど、意識しているという点、人類すべてに共通しているという点で、システマティックさを感じる。
 だから、私はこの現象のことをこう言おうと思う。
 システマティックロマンス、と。



 かくいう私は、今、海がしっかりと綺麗に見えるベイエリアにあるスターバックスの中で、グラスに入ったアイスコーヒーを飲みながら、さっき思いついたことをiPhoneにかき殴った。
 ――20歳。
 多くのことを学んだようで、学んでいないなと、ふと自分のことを振り返り、左手でアイスコーヒーが入ったグラスを持ち、一口飲んだ。あたりを見回すと、みんなフラペチーノを飲んでいた。
 当たり前だ。
 先週末に発売された期間限定のフラペチーノを飲みたいって、みんなそう思っているから、世の中、全ての商売が成立するんだから。これも恋と同じでシステマティックなんだ。

 高校生までの私は痛かった。
 その行動原理ができあがったのは、きっと、恋を覚えたからかもしれない。

 そして、それらは未だに自分の中でも不可解だと思っているし、私の場合、宝石が心の中にぶら下がっている感覚はなく、宝石を模した、ダイヤモンドカットされた、プラスチックの塊が心の中でまだ、一生懸命にキラキラと輝いているに過ぎなかった。
 小学生の頃までは少なくとも私は痛くなかったと思う。中学2年生で上大内真斗(かみおおちまさと)くんに恋したのが大きな原因だと思う。




 上大内真斗くんは、幼稚園のときから一緒だった。小学校に上がり、4回、同じクラスにもなった。
 
 そして、中学2年生になり、また一緒のクラスになった。そして、奇跡はさらに加速して、上大内くんと、隣の席になった。
 それは夏休みまであと49日になった5月末の出来事だった。ちなみになんで私が、夏休みまでの残り日数をカウントしていたのかというと、単純に学校が嫌いだったからで、この頃の私は小学生の頃、嘘みたいにそこそこ楽しく過ごしていた日々なんてすっかり忘れてしまうくらい、鬱屈していたからだった。

 中学2年生の私にとって、学校へ行く楽しみは上大内くんだけになっていた。



 ゴールデンウィークが終わった直後、日直に当たったとき、日直者の名前と、意味もなく、今日の日付を書く、黒板の右端に『夏休みまであと、65日!』と書いたら、先生に無意味に休みの喪失感を強くするなと、朝の会で言われ、クラスの3分の1程度がクスッと笑った出来事を起こした。
 元々、4月の時点であまりクラスになじめていなかったこともあり、私は簡単にクラスの婦人公論からは外された。

 
 私はそれなりに勉強し、その間も、まだ、上大内くんしか使っていない、消しゴムの包み紙を外して、『上大内真斗♡夏目芽衣香』という表記をじっと見つめて、頬の弛緩を楽しんだ。隣に上大内くんが座っている日々は楽しかった。
 たまに声をかけてくれて、私が、休み時間文庫本を読んでいると、何読んでいるのと聞かれたり、おはよう、暑いな、今日。と言いながら、ワイシャツの胸元を右手でぎゅっと握りながら、バタバタとあおいでいる上大内くんのことを何度も思い出した。
 そのたびに、もっと近づけたら、どんなことになるんだろうって、ずっとワクワクし、そのたびに、胸がピンク色に染まる感覚がした。

 そんな状況下、上大内真斗くんと私の接点ができたのは、消しゴムのおかげだった。

「なあ、夏目芽衣香(なつめめいか)。消しゴムもうひとつ持ってない?」

 上大内くんはすっかり声が変わったばかりの低い声でそう私に聞いてきたから、私の両手は瞬時に汗で滲んだ。
 左隣にいる上大内くんは教室の一番窓側の後側という強運の持ち主だった。
 そして、その隣に私がいて、教室の隅で、二人で並んでいる、この感覚は海の底に潜り始めた小さい潜水艦の窓から、二人で無数の熱帯魚を見ているような気分に思えた。

「うん、いいよ」と私はできるだけ、かわいいくて、静かな声を作り、元々、2つ持っていた消しゴムを渡した。
「え、新品だけど、いいの?」と上大内くんが驚いた表情をしながら、私の方を見てきた。

 その間にも授業では三内丸山遺跡の充実ぶりをモデルルームの営業の人みたいに女教師が語っていた。ゴミ捨て場から、ヒスイや土偶がたくさん見つかるくらい、もしかしら、充実していたのかもって、冗談めいたように女教師は言ったけど、きっと、そのとき、ゴミだと思ったから、捨てたんだよ。役目を終えたメルちゃんと同じように。

「いいよ、あげる。好きに使って」
「マジ? ありがとう」

 上大内くんはそっと、微笑んでくれた。左側で開け放たれた窓から、強風がブワッと入り込み、上大内くんの髪先が、輝きながら揺れていた。それをずっと見ていたいと思ったけど、上大内くんに変に思われるのは嫌で、再び私は開きっぱなしの教科書に視線を落とした。

 ドキドキする。
 そのドキドキは恋なのか、それとも、スリルなのか――。

 そのときの私はまだ、よくわかっていなかった。だけど、20歳の私が思うにこれはスリルだ。
 だって、貸した消しゴム、紙で覆われた露出していない箇所には、『上大内真斗♡夏目芽衣香』って書いてあったんだから――。
 
 結局、人生で最初と言っていい、恋愛関係での、このスリル体験は私の心の中にキラキラと光って、ぶら下がったままだ。
 そんな上大内くんと1か月後、手を繋ぐことになる――。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

野いちご、ベリカでの公開部分はここまでです。
ここまで読んでいただきありがとうございました。

続きは『ノベマ!』で読めます。
下のリンクをコピーして、検索してご覧ください。

続きのリンク↓
https://novema.jp/book/n1702229/1

※プロフィールにノベマに飛べるボタンリンクあります。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆