猛虎の襲撃から、逃れられません!(加筆修正中)



「うち、ここなの」
「可愛らしい家っすね」

東京の下町に不釣り合いのメルヘンチックな家。
グリム童話が好きな母親趣味全開の家だ。

「送ってくれて、ありがとうね」
「今日はありがとうございました。すごく嬉しかったです」

自宅に送り届けて貰い、玄関ポーチの前で挨拶する。


午後3時少し前。
日没まではまだたっぷりとあるけれど、彼をまともに見れずにいる。

消し去りたい過去を知られているうえ、試合で優勝したあの日は、試合直後でハイになっていたというのもある。
試合会場の裏で泣いている子なんて、負けた子くらいだから。

同情心だとか、哀れみとかとは少し違う。
あの時は純粋に、彼にも心から空手を楽しんで貰いたかったから。

『もうやりたくない…』と泣いていた彼に、少しの勇気を分けただけ。

だって、彼の握り拳が、あまりにも綺麗だったから。
悔しくてぎゅっと握っているその拳一つでも、ちゃんと空手家なんだと伝わって来た。
あぁ、この子は真剣に空手と向き合ってるんだなぁと。


空手の基礎中の基礎。
正しい姿勢と正しい呼吸。

背筋は勿論のこと、手先から足先まで神経を研ぎ澄ませ、握る拳一つとっても美しいとされる形がある。
それが彼には備わっていた。
競技中でもないのに。


『少し上がってく?』だなんて言えるはずもない。
日暮れまではまだ時間があるけれど、彼とはそんな関係じゃないから。

そもそも具合が悪いからと送ってくれただけで、別に恋人同士なわけでもない。
こんな筋肉質で可愛げもないデカい女、彼の傍にいるだけで迷惑になる。

「もう……南棟には来ないで」