初めて先輩に声をかけて貰った日のことを話す。
体格や親の知名度にコンプレックスを抱き、自ら殻を作って逃げ回っていた日々のことを。

「先輩が5年生の時、試合後に泣いてる男の子に優勝メダルのリボンをあげませんでした?」
「……ッ?!」
「それ、俺です」
「ホントに?物凄く小柄の男の子だったよ?」
「はい、……俺です。小学生の頃は、背の順でいつも一番前だったんで」

俺の言葉に驚愕した先輩は、大きな瞳に薄っすらと涙を浮かべた。

「あの頃は空手を辞めたくて、どうやったら辞められるのかってことしか考えられなくて、毎日のように泣いてたんです。嘘みたいな話なんすけど」

先輩の腕を掴んで日陰へと歩く。
熱中症かどうかは別としても、残暑厳しい日差しが降り注いで、体力に自信のある俺ですら息苦しさを覚えるほどだから。

「あの時、先輩がかけてくれた言葉に救われて、あのメダルリボンを貰ったことで全てが吹っ切れたというか。……こうして今に至ってます」
「いや、それは……私のおかげとかじゃなくて、津田くんの努力と実力だから。稽古してすぐに実力が開花する人もいれば、下積み時代が長い人もいるのは当然だから。私はどちらかというと前者の方で、何でもすぐにマスターできたけど、ハマる割には飽きっぽいところもあって、一人っ子だからかな。目新しいものをすぐに親に強請ったりしてた」
「そんな風には見えないっす」
「空手や体操も、ある程度優勝を経験したら、やったことのない習い事がしたくなって、中学に入ってからは銃剣道に切り替えたの。それも3年で飽きちゃって。高校入学と同時に、運動系は一切しなくなった」
「え、本当に何もやってないんですか?」
「たまにジョギングはするけど、それ以外は体育の授業のみだよ」
「もったいなっっっ」

強張っていた表情が徐々に柔らんで、今はもういつもの先輩だ。